4月22日に「松尾大社」では、「神幸祭」が行われます。ミモロは、お友達と一緒に参拝に出かけました。
すでに「松尾大社」には、何度もお詣りをしたことがありますが、「神幸祭」は初めてです。


阪急電車に乗って「松尾大社」で降りたミモロたち。今日のアクセスは、電車と歩きにすることに。
すでに境内には、この日、御旅所に行く6基の神輿が並んでいました。



「京都のお神輿って、どれも本当に立派。芸術的だよね~」とミモロ。そう、京都の伝統の技が集約されたものなのです。
この「神幸祭」は、松尾七社(大宮社、月読社、宗像社、三宮社、衣手社、四之社、櫟谷社)の神輿(月読社は、唐櫃)が、本殿で御分霊の神事の後に、次々に境内を出発して、桂離宮の東側から船で桂川を渡り、対岸へ。そこで神事の後に、七条御旅所などへ移り、3週間後の5月13日の「還幸祭(おかえり)」で再び松尾大社に戻られます。


「京都のお神輿の担ぎ方、勇ましいし、カッコいい~」と思うミモロです。

6基の神輿の担ぎ手の数は、京都の祭りの中でも多く、その担ぎ手を確保するのが、なかなか大変なのだとか。
15歳以上の男子が担ぎ手になります。女性がそばにいる神輿もありますが、担ぎ手にはなれません。
ミモロは、そばにいたお祭りの半被を着た方に神輿のことを伺いました。「ここの神輿の神さまは、ほとんどが女性の神さまなんですよ。だから女性が神輿に触ったり、担いだりすると、嫌がって、事故が起きたりするといわれています。だから今も女性は神輿には関わらないようにしてることが多いんです」と。ミモロも女の子なので、神輿のそばに行っても、決して触ったりしません。
「そうなんだ~女の神さまが神輿にのってらっしゃるんだ~」と、初めて知ったミモロでした。

次々に境内を後にする神輿。ミモロたちは、急いでまた阪急電車に乗って「桂駅」へと急ぎます。そこから「桂離宮」のそばへと、速足で進みました。「う~15分以上歩かなくちゃ~」と息を切らせながら・・・・
約40分後、八条通の橋に到着したミモロ。「わ~もう川渡り始めてる~」


一番最初を進む唐櫃の月読社が、神官の方々と共に船に乗って、桂川を渡っています。
それに続き、岸に到着した神輿が、船に積まれて、川を渡ってゆくのです。

水量が多いときは、胸まで川に浸かるそう。

船は3隻、1隻は、神輿のため、あとの2隻は担ぎ手の人たちが乗る船です。
「すごいバランスよくお神輿、船に乗ってる~」

この船を操る船頭さんは、「保津川下り」の船頭さんたちだそう。さすがプロの技術をもつ船頭さんたち。バランスを取りながらの神輿の川渡り、かなりの技術が必要です。「一度も、神輿が川に落ちたことないんだって~」とそばの人に聞いた情報。「川に落ちたら、神輿の修理にたくさんお金かかりますから、そりゃ大事ですよ」とそばで神輿を見ていた方。なんでも保険はかけているそうです。
ゆったりと流れる桂川。遠くに連なる西山の山々。阪急電車の鉄橋には電車が行きかっています。

まるで初夏を思わせる天気。気温30度の京都は汗ばむような暑さですが、川の風が心地よく吹き抜けます。「お腹空いちゃった~。お弁当食べようよ」と、持参したお弁当を土手の草むらに座っていただくことに。


さらに橋のそばにある「中村軒」で買ったよもぎ餅も頂きます。「なんかピクニックみたい~」と神輿の姿を眺めながらのんびりと。

「こんな神輿見物したの初めて~」と。ミモロのいる対岸では、神輿の担ぎ手の人たちやそのご家族もお弁当などでしばし寛いでいます。
ところで川を渡った神輿は、待っていた担ぎ手に迎えられ、集合場所である河原に進みます。

そのとき、橋の下を通るのですが、そのとき、橋の上は通行止めになります。結界が引かれ、車も人もその前で一時停止するのです。

「すみません。扇子見せてください」と神輿のそばにいる方に。その扇子は、松と太陽のデザイン。松尾大社にちなんだ特製の品です。

川を渡った神輿は、そこで神事を行い、それぞれの御旅所に出発します。

朝から夕方まで掛かる神幸祭。「ここにはさすがに外国人観光客いないね~」

「なんか日に焼けた気がする~」初夏を思わせる強い陽射しを浴びた1日でした。
「還幸祭」は、5月13日。三か所の御旅所から神輿は、氏子町をめぐり、松尾橋を渡って「松尾大社」に戻ります。
「帰りは、船には乗らないんだ~」そう、帰りは陸路を進みます。
*「松尾大社」のホームページで、祭りのことは詳しく
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