友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

服装なんて好きでいい

2010年02月15日 22時23分12秒 | Weblog
 オリンピックのスノーボード競技の国母選手が話題の人になっている。頭の毛をチリジリに巻き、口ひげを伸ばし、鼻にピアスのあの選手だ。公式ウェアのシャツを腰から出し、ネクタイを緩め、ズボンは腰ではなくお尻ではいている姿がだらしないと総攻撃を受けた。「ゴメンナサイ」の記者会見を2回も行い、2回目は団長である橋本聖子議員が同席していた。

 「絶対に許さない」と言う人が多いけれど、私はむしろ容認派だ。そんなことに目くじら立てることなんかないよと思っている。「21歳にもなるのだからもう子どもではない。そんなマナーも分からない者は出場する資格はない」と厳しい人もいる。確かにまだ、子どもだと私も思う。けれども21歳なのにとは思わなかった。同年の人でもそういう格好の人はいるし、坂本龍馬がちょんまげを結わずに束ねているようなもので、面白い格好をしているなと思っていた。

 今朝の中日新聞に夜回り先生の水谷修さんが『時と場を考えよう』と書いていた。後輩の新聞記者も「TPOを知らぬバカと高2の息子が言っていた」と笑った。人は場所や場面を考えて行動する。それが出来ない人間はアホというわけである。その通りだと私も思う。私自身はどんなにアホクサと思っていても常識に従ってきた。高校生の時、学生服の裏生地に龍や虎を配したものを粋がって着ていた友だちもいたけれど、自分が着たいとは全く思わなかった。学生服を学生服らしく着るのが私の美学だった。

 国母選手がどう考えているのかは知らないけれど、最初のゴメンナサイ会見は記者がしつこく「反省しているのか」と聞くから「チェッ」と舌打ちした音声が入ってしまった。それくらい彼はなぜ反省する必要があるのかと内心思っていたということだろう。どうして服装を問題にするのか、彼には分からない。実は私もわからない。ユニホームだからと言うが、彼はそれを彼なりだが着ていた。そういう服装の細かな点まで揃えようというのであれば、髪形も髭もピアスも注意してもよさそうなものだ。

 今回のオリンピックで最初のメダルを獲得すると言われていた上村愛子選手も最初に出てきた時は金髪だったように記憶している。私は一糸乱れぬというスタイルが嫌いなので、どうしてもそんなのいいじゃないのと思ってしまうが、多くの人が国を代表しているという自覚がないと指摘していた。多分、国母選手は日本の国の代表という気持ちは持っていないだろう。そういう気持ちが無くてはいけないと言う人の方が私は怖い。ロシアからスケートのペアで出ている女性は日本人だが、ロシア国籍を取得して出場している。出場選手の紹介を聞いていると、いつもはヨーロッパで暮らしているが赤道直下の本国から出場しているという選手が何人かいた。

 各選手が自分の能力を競い合うのがオリンピックなのだから、もう国の対抗戦のような言い方は辞めた方がいいのではないか。だらしない服装だと選手を非難するのも、メダルを何個取れたとか、取れなかったとか、そんなことが最大の関心になるような社会だからだと思う。何個なんて関係ない。一生懸命に頑張ったならそれでいい。そう考えれば服装だってどうでもいいのではないか。
コメント (2)
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