名演の9月例会は、こまつ座の『父と暮らせば』。久しぶりに芝居らしい芝居だった。芝居は観る者をエクスタシーに導いてくれるものがいいと思っている。共感が気持ちを昇華する、そんな作用が芝居にはある。しかし、なかなかそういう芝居に出会うことはない。先回、姪っ子の息子がやっている芝居を見せてもらったが、各俳優の身体能力が素晴らしく、「凄い!」という感動はあったが、共感までには至らなかった。
ラスベガスの劇場で見た「凄い!」という驚嘆に似ている。姪っ子の息子の芝居を分類すれば、音楽といいテンポといい、目指しているものはエンターテイメントに徹した芝居なのだろう。こまつ座の『父と暮らせば』は、私が子どもの頃にラジオで聞いていたドラマや浪曲あるいは落語に通じる人情話である。原作は井上ひさし氏で、吉永小百合さんが出演している映画『母と暮らせば』と対になっている。
広島の原爆投下から3年経ち、市立図書館に勤める美津江はひとりで暮らしている。その図書館にひとりの青年が原爆資料を求めてやってくる。その時から美津江は恋するようになるが、その気持ちが原爆で亡くなった父をこの世に呼び戻す。幽霊となって娘と暮らし父は何とかしてふたりを結婚させようとするが、美津江は結婚を拒む。どうして美津江が結婚を拒むのか、それが明らかになっていくところが芝居の醍醐味だ。
みんなが原爆で亡くなったのに、自分だけ生きている。その負い目が美津江を苦しめていた。しかし、最大の負い目は原爆で負傷した父を残して逃げたことだ。「それはもう済んだことだ。お前は父の分まで生きろ」と父が言う。結末は予想できていたのに、涙が止まらない。娘を思う父と父を気遣う娘、当たり前のことなのに泣けてしまう。井上ひさし芝居特有の言葉遊びがあったりして、ふたりだけの舞台なのに退屈させないのもやはりセリフが生きているためだろう。
吉永さんにラブコールしている私は、もう一度ラブレターを書こうと思った。映画『母と暮らせば』も絶対に観に行こう。芝居がその気にさせてくれた。