友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

時の流れの中で

2019年06月20日 17時19分35秒 | Weblog

 亡くなられた先輩は、私より11歳年上だった。私が議員になった頃は、保守系議員の取りまとめ役だった。何年かして、保守系議員から議長を出すと、私たち非保守系議員の方が数で上回る事態になった。まさかと思ったが、初当選の時から信頼していた友人が、保守系に鞍替えした。引き抜いたのは亡くなられた先輩だった。

 それから何年かして、先輩が私の会派に移られた。一番年下だった私が代表を務め、私の意見に従ってくれたが、議員生活の最後を楽しんでいたようだった。よく、みんなで出かけたし、お酒を飲む機会も多かった。先輩の考えは保守とは言えず、共産党に近かった。「自由にやっていい。責任はオレが負う」とハッパをかけてくれた。

 式の栞に「面倒見が良く、懐の深い人柄ゆえに多くの皆様から厚い信頼を寄せていただき」とあったがその通りだった。中には悪く言う人もいるが、完璧な人などいない。私も友人が引き抜かれた時は先輩を恨んだ。けれども会派の仲間となり、人柄を知るにつれ、よい人に巡り合えたことに感謝する気持ちになった。

 通夜には大勢の人が参列し、会場に入りきれないほどだったが、告別式の今日は落ち着いていた。昔の議員仲間も4人集まった。先輩が青年団や消防団で活躍した若き日の仲間も何人か来ていた。「ご無沙汰しています」とあいさつすると、「変わらんねえ。何歳になられた?」と訊かれるから、「75歳です。そんなに変わらないですよ」と答える。

 この人も、この人も、私が地域新聞を作っていた頃、インタビューさせてもらった。それを思い出し家に帰って、創刊号からの地域新聞をまとめた分厚い冊子を見た。先輩は議員となって4期目で、私は議員紹介の記事に、「『小さい時から苦労して働いてきたからね。今日よりも明日、一歩前進と思っているから、政治姿勢は保守系でも考え方は革新的でしょうね』と笑う」と書いていた。

 時の流れと節目での諸々のことが蘇る。イシグロ・カズオ氏の『日の名残り』を読み終えたためなのかも知れない。明日は日赤病院で半年に1回の定期検診の日、立ち上げる時間に余裕がない時はブログを休みます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする