友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

平和ボケのどこが悪いのか!?

2015年09月20日 18時30分32秒 | Weblog

 さわやかな日曜日、約束通り長女を迎えに行き、結婚式場まで送った。長女の家に着いて、インターフォンを押すが返事がない。あれっ?と思っていると6歳の孫娘が出てきた。「ママ、すぐ来る」と言うが、なんとなく不機嫌だ。ママが出かける前にパパが帰ってくるはずなのにまだ来ないのでふくれているのかと思ったが、パパはすでに家の前にいた。「だったらもう大丈夫だよね」と声をかけるがまだご機嫌が悪い。

 ジジババが来ると、自分はママから引き離される、そう思う気持ちが孫娘を不機嫌にしているようだ。「ママ、結婚式に出すぎ!」と駄々をこね、引っ張り出せるものはみな出してママを行かせないように抵抗する。長女のダンナは子煩悩で実によく子どもの面倒をみているが、「どうやってもママが一番いいみたいで」と嘆く。母親と子どもは不思議な関係で結ばれているところがある。

 午前中、時間があったので新聞を読んだり、パソコンでニュースを見たりした。安保関連法案が成立して、ニュースから消えてしまうかと思ったが、いろんなところで取り上げられていた。参議院特別委員会での採決や本会議場の様子など、国民の声を聞き取っているものが多かった。私の先輩も義理の弟も九州男子で、ふたりとも「成立したからってすぐ戦争になるわけでもない」という点と、「中国の動きを見ていたら、絶対に必要な法律」という点で、一致している。

 ダウンタウンの松本人志さんも同じ意見で、「(状況が分からないのは)平和ボケや。日本が自立するために必要な法案。対案を出さず反対とデモしている連中も民主党もダメ」。「戦争放棄や戦力の不保持では、国際社会でなめられるだけ」と厳しいことを言っている。これに対して歌手の長淵剛さんが「どうやって平和を作っていくかを論じるべき」と切り返しているが、私も長淵さんの意見に賛成だ。

 「国防という高貴な任務を苦役と言う(安倍首相)はおかしい」とか、「国民には自国を守る責務がある」といった意見もあった。「国防は高貴な任務」「国民の責務」は戦時によく言われる言葉だが、この人たちは臨戦態勢なのだろうか。「平和ボケ」している私は、あくまで戦争をしない、平和な世界を求めていきたい。

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孫娘の保育園さいごの運動会

2015年09月19日 18時28分04秒 | Weblog

 風が吹いている。午後から強い風が吹いている。午前中、年長組となった孫娘の運動会に行ってきた。この保育園には3歳から入園しているので、今年で3回目のそして最後の運動会だ。孫娘の父親は今年、保護者会会長を務めているので、開会式であいさつをする。だから、絶対に遅刻は出来ない。とても元気のいい挨拶だったけれど、マイクに声がのっていなかったので、「エイ、エイ、オー!」しか、はっきり聞こえなかった。

 孫娘の活躍は例年通りだが、今年も父親はリレーで、母親は綱引きで、姉は孫娘と一緒に走る競技に参加し、大いに運動会を盛り上げていた。特に父親は抜きつ抜かれつの紅白リレーに出場して大奮闘、バトンを手渡す手前で大転倒のハプニングを演出し、会場の皆さんの注目を一身に集めたが、孫娘はそれが気に入らないのか、「パパ、転ばんといて」と口を尖らして言う。

 可愛いだけの子どもだったのに、いつの間にか女の子になってきている。運動会の後、長女たち4人とダンナの両親と私たちの合計8人で食事に行った。運動会で活躍したのだから孫娘がひとりで話し続けるのかと思ったら、意外にも隅っこに寝転んで何も話さない。同じ食事のお店に保育園の友だちが来ていて、店の中を走り回ったことを母親からきつく叱られ、すねているようだ。

 明日、長女は部下の結婚式に出るため着付けに行くが、ダンナが都合が悪いので「送って欲しい」と言う。「役に立つなら何でもやるよ」と答える。あてにされるのはうれしい。それにしてもよく結婚式に呼ばれる。ご祝儀だけでも大変だなと他人事ながら思う。長女はもともと小柄だが、最近ちょっと元気がないせいか小さく見える。こういうと叱られるが、ちょっと老けた。いや、歳相応になってきたと言うべきかも知れない。

 私たちだって、ダンナのご両親だって、いつまでも変わらないように思うけど、孫娘が成長している分だけ確実に年老いている。10月3日は祖父母参観日が保育園で行われる。ひとりの孫に4人のジジババが出かけていくわけだが、また帰りに一緒にお酒が飲める。ジジたちの共通の楽しみである。

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取っ組み合いは見苦しい

2015年09月18日 17時37分30秒 | Weblog

 もうすぐ、安保関連法案が参議院本会議で可決・成立する。昨夜の特別委員会のドタバタが何度もテレビで流された。「良識の府である参議院で、あれはとても恥ずかしい」と言う人。評論家が「初めての作戦でしたね」と解説する。これまでは委員長席に野党議員が詰め寄って、採決を阻止しようともみ合いになったけれど、昨夜は自民党議員が委員長席を取り囲み、野党の行動を抑え込んだ。

 大学を出た良識ある大人が、「バカ」とか「アホ」とか「恥を知れ」とか、怒鳴り合い取っ組み合う姿は見ている方が馬鹿馬鹿しくなる。FBを見ていたら、「否決されて当然。それよりやることがごまんとある」。「問責決議も不信任決議もなんの拘束力もありません。ただのパフォーマンス。経費と時間の無駄遣い」といった野党批判が多かった。「やるべきこと」とか「経費と時間の無駄」とかよく言われるが、手っ取り早いことを望むなら独裁政治が一番だろう。

 時間をかけ、無駄と見えても審議を尽くすのが議会制度である。こんな批判もあった。「山本太郎一人だけ牛歩をやろうとしたが、議長に投票時間を2分と制限された。どこまでもアホなヤツだ」。山本議員は議長に権限のあることを知らなかったかも知れないが、私は牛歩とかフィリスバスターとかの戦術はあって当然だと思う。多数派にいる議員は分からないだろうが、なんとしても廃案にしたい時は、使えるルールはすべて使うことが議員の務めだと思う。

 けれども見苦しい行為はすべきではない。議会は多数決で決めるというルールがある以上仕方がない。醜いドタバタは「民主党にも非がある」と評論家は言うが、一番責任があるのは有権者だろう。選挙で自民党に投票した人たちと投票に行かなかった人たちこそ最大の責任者である。議会はいくら真摯に論議しても、最後は多数決で決まるのが今のルール。政党の縛りが強い日本では結論は見えている。

 55年前の60年安保闘争の時も、ものすごく多くの人が国会を取り囲んで抗議した。それなのに自民党政権はその後もずぅーと続いた。今回のデモが次の選挙で自民党を少数派にするようなら国民の政治レベルは高まったと言える。そうなって欲しいと思うがまだまだ先のことなのだろうか。

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勝てば官軍、負ければ賊軍

2015年09月17日 11時33分41秒 | Weblog

 長州の「討幕」はなぜ成功したのだろう。数の上では幕府軍の方が多いし、銃も大砲も勝っていたのに、どうして敗北したのだろう。長州軍が行進した街道には、譜代大名ばかりか徳川家と姻戚にある藩もあったのに、なぜすんなりと行軍できたのか不思議だ。「錦の御旗に驚いて敗走した」と教科書にあった気がするし、映画でも楽隊を伴って菊の御紋が更新する場面を何度も見た気がするが、本当にそんなことで道を開けたのだろうか。

「年貢を半分にする」と流言し、喜んだ農民が米を差し出したという話も聞いたことがある。戦争に善も悪もないのに、勧善懲悪が好きな日本人は、正義の味方が長州軍で、幕府軍は悪者のように感じてしまう。本当に長州は正義だったのか。『八重の桜』では軍の参謀役の世良修蔵の乱行が描かれていたが、実際はもっと醜悪であったというし、ドラマにはなかったが、鶴ヶ城下にあったたくさんの戦死体を、長州軍は埋葬を禁止し野ざらしにしたという。

 「会津に処女なし」という言葉が残されているように、軍の規律は滅茶苦茶だったと記している本もある。「勝てば官軍、負ければ賊軍」は、長州・薩摩軍と徳川方の軍との戦いを表している。長州も薩摩も「討幕」の中心となったのは下級武士であり、長州には身分の区別のない「奇兵隊」も存在した。下級武士たちも「忠義」に従っていたから、殿様たちは彼らを戦わせ、勝利した末には天下人になるつもりだっただろう。

 明治政府が打ち立てられ、はじめは貴族たちが政府の要職にあったのに、大名たちも藩知事の職を与えられたのに、いつの間にか下級武士たちが実権を握っていく。農民の子として生まれたが、父親が足軽の養子となったことで杉晋作の仲間となり、イギリス領事館の焼き討ちに加わった伊藤博文は初代内閣総理大臣にまでなっている。身分社会が崩壊し、「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」と会津にあった武士の規範は消滅した。

 時代の流れは確実にある。政府・与党は安保関連法案を明日、18日までに参議院で成立させる腹だ。時代に逆行するような事態だが、こういう時があってさらに次へと向かうのだろう。国家とか議会制民主主義とか、きっと変わっていくだろう。

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姉を見舞いに行ってきた

2015年09月16日 17時47分08秒 | Weblog

 姉を見舞いに行ってきた。相変わらず元気で顔色もよく、穏やかな表情だった。何かの話の時に娘である姪っ子が、「知ってるの?」と聞くと、「私は頭がいいから知っている。あんたは頭が悪いね」と娘に向かって言う。この後、カミさんが孫娘の写真をタブレットで見せるが、孫の名前を間違える。写真の感想を姉に尋ねると、「私は頭悪いから、よくわからん」と言うので、大笑いになった。

 すると姉は逆襲してきて、私とカミさんの頭は「どっちがいいの?」と聞いてくる。カミさんはどう答えていいのか分からず黙っていると、「分からんの?私と一緒だねえ」と言う。どこまで正常で、どこからボケているのか分からない。私の妹に向かって、「あんたは?」と話を振るが、妹は「私は頭悪いから」と答えると、「ふーん」と首を傾げる。意外に空気を読んでいるのかなと思う。

 帰路の途中、「お姉さんは本当に馴染んでみえるわね。ああいうところに溶け込めない人かと思ったけど、やっぱりひとりで暮らすより大勢の人と一緒の方が幸せよね」とカミさんは言う。妹のダンナも「病院にいた時よりもはつらつとしている」と、姪っ子が探してきてくれた施設が姉には「合っていた」と言う。施設の環境や方針、スタッフの気遣いや周りの入所者、いろんな要素が姉にはよかったのだろう。

 安保関連法案の審議が山場になっていることから、妹のダンナが「民主党はバカだ。泥棒を捕まえてから縄をなってるようじゃー遅い。中国は何してくるか分からんのだから軍備は絶対必要だ」と力説する。先日も酒の席で50代の男たちから同じことを言われた。「外国から攻められたらどうする」と言うが、なぜ攻めてくるのだろう。攻められないように軍備を増強しても拡大競争になるばかりで、「平和」とは言えないだろう。

 国家が無くなれば戦争もなくなる。難民も生まれない。国家を無くすような方向へ向かうためにはどうしたらよいのかを考えるべきだろう。「みんな戦争なんかしたくないですよ」と言うならなおさら、軍隊など必要のない世界を求めるべきだろう。「そんなの理想論だ」と言うが、理想と認めるなら理想を現実のものにすればいい。安保関連法案の採決はさせればいい。いずれ軍隊など不要な時代になるだろう。

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運動会の行進練習は嫌だった

2015年09月15日 17時47分48秒 | Weblog

 朝の風は冷たくて清々しい。ところが私の身体はこの気候の変化についていくことが出来ない。いやむしろ、過敏に反応してしまう。朝からクシャミを連発し、鼻水が止まらない。みっともないくらい情けない姿である。ルーフバルコニーに出て、サルビアと日日草を刈り取り、鉢の土の入れ替えの準備をする。クシャミと鼻水の止まらない男が、作業する姿は奇怪そのものだろう。

 小学校の運動場では今週末の運動会に備えて、猛特訓が行われている。「右向け右、左向け左」の号令と、「ピッ、ピッ、ピッ」の笛の音が喧しい。60年前の私の小学校の時の運動会の練習と少しも変わっていない。どうしてこんな行進練習ばかりしなくてはならないのか、どうしてこれが教育なのか、まるで先生の操り人形じゃーないか。「教育は人格形成が目的」などと言うけれど、一体この行進のどこが人格形成なんだろうと、私は反抗的だったが、教員の父のこともあって態度に表すことはなかった。

 中学校の体育大会の行進練習の時、女の子が笑った。先生は「何がおかしい!」と怒鳴った。すると女の子は「だっておかしいもん」とまた笑った。私と同じように感じている子がいることに心惹かれた。その子のことが気になり、次第にやることがみんな好きになった。色白のちょっと変わった女の子は私の初恋の人となった。よく笑うし、よくしゃべる。明るくて、時々思いもよらぬヘマをする。

 中学校や高校では、運動会の練習がイヤとは思わなくなっていた。小学校のような意味のない練習がなくなったためだ。高校では生徒会長だったので、私の前を各クラスが隊列で行進していく。ちょっといい気分でもあった。小学校はなぜあんなに行進練習をしたのか、大人になって分かった。伝統ある名門校で児童数も多く、運動会にはたくさんの保護者が見に来るから、先生たちは整然とした行進を見せたかったのだろう。やはり人格形成とは関係ない練習だったけれど、私には支配者と被支配者の学習の場になった。

 突然、運動場から「フザケルナ!真面目にやれ!」という甲高い声が聞こえてきた。私たちの頃は男の先生が怖かったけれど、最近は女の先生の方が怖そうだ。それでも、そんなに怒鳴らなくてもいいのにと、また反抗心が湧いてきた。

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関ヶ原以来の天下取りを狙った長州と薩摩

2015年09月14日 18時36分01秒 | Weblog

 NHK大河ドラマ『花燃ゆ』では、木戸孝允が藩主・毛利敬親に版籍奉還をするように申し出ていた。敬親は「そうせい」と答えたが、家臣たちは納得できない。関ヶ原の戦いで大坂方の総大将であった毛利は敗れ領地を取られた。斬首され、領地を没収された大名もいたのに毛利家は残った。戦争は領地の奪い合いである。鳥羽・伏見の戦いで徳川側に勝った長州としては領土が増えて当然で、領土も領民も天皇に返すというのは納得できないことだった。

 これより1年前に、15代将軍徳川慶喜は大政奉還をしている。征夷大将軍の職を辞し、政権を天皇に返しますというものだ。大和朝廷の誕生以来、実質的な支配が貴族になったり武士になったりしたが、天皇が国の頂点だった。天皇に任命されて、政治を執行する体制を続けてきた。徳川幕府も同様で、何の権限も持たない天皇ではあるが、形としては天皇より執行権を託されて治めてきた。

 諸藩も徳川家が将軍職にあり、実際の政治は譜代大名から選ばれた藩主たちに任された。外様は江戸から遠い領地にあり、要所には有力譜代がいて動けない配置になっていた。関ヶ原から長い間、政権の座から遠ざけられた外様が金を貯え、徳川と戦う準備をしてきた。そこへ外国船の到来で「攘夷」を幕府に求め、幕府も「尊皇」の思想でもあるのに、天皇を担ぎ出すために「尊皇」をくっつけた。

 鳥羽・伏見の戦いの頃は、徳川幕府を倒して天下を取る、そんなつもりで長州も薩摩も土佐も動いていたはずだ。徳川慶喜の大政奉還は討幕の口実を打ち消すとともに、天皇側に国を治める人材も方法もないことを見越した策だったと思う。天皇を中心とした政治に対し、大名たちの合議制による政治の案も出てきた。どういう形にするかの具体案のないまま、とにかく天皇に一本化するために、徳川に倣って諸藩も版籍奉還させる策が立てられたのだろう。

 ドラマでは「みんなが夢を見られる新しい日本」という言葉が出ていたが、長州や薩摩は関ヶ原以来の天下取りが目的であって、やっているうちに西洋をまねた国家づくりになってしまったとうのが事実ではないかと私は思っている。

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長く続くものと続かないもの

2015年09月13日 18時12分13秒 | Weblog

 栃木県や茨城県で河川が氾濫あるいは堤防が決壊し、大きな被害が生まれている。河川を治める者は国を治めると古代中国から言われてきた。山から一気に平地となる国に住む私たちの先祖も治水には並々ならぬ努力を払ってきた。この地方にも大水から城下を守るための工夫がいくつか行われた。城下側の堤防を反対側の堤防よりも高くし、城下でない方へ水が流れるようにしている。大雨の時には堤防を壊して大きな水たまりとなる堰を設けている。

 暴れ川と言われる氾濫を繰り返す河川は、川幅を広げたり、堤防を強化したり、蛇行する河川を出来る限りまっすぐに流れるようにしたり、ダムを作ったり、川の隣に新しい川を人口で掘って水量を調整している。土木工学も機械もない時代によくこんなことができたと思うような工事を行っている。江戸時代は戦争のない時代であったから、道路の整備や治水そして産業の育成に力を注ぐことができた。人口は抑制されたが、自給自足、地産地消の時代だった。

 各地域には武士のための学校がつくられた。町民や農民にも寺子屋があり、僧侶や武士崩れが教師となり全員ではないが読み書きを学んだ。当時の世界レベルから見れば、これほど豊かで秩序正しい国はなかったようだ。日本に来た宣教師が本国に送った手紙にそう書いている。庶民が学ぶことは読み書きソロバンであったが、武士たちは儒学を学んだ。人としての基本、国の在り方がその中心である。

 江戸時代は治安がよかったというのも基礎はこうした教育にある。音楽家も俳優も絵描きも噺家も、花を生ける道、お茶をたてる道、あらゆる文化が花開いた。からくりなる工学も生まれ、微分積分なる数学も独自に生まれた。最近知ったことだが、江戸末期には蕃書調所という部署があり、その天文方は海外情報の収集とともに外国語の通訳を育成していたとう。幕府官僚の養成機関だった昌平坂学問所でも通訳を養成していたから、江戸幕府は先を見越していたことになる。

 しかし、同じ体制は長く続かない。恋が長く続かないのと同じなのかも知れない。どうしてなのか、それをズ~と考えている。

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仕方ない、明日も頑張ろう

2015年09月12日 18時51分45秒 | Weblog

 卒業生が「井戸掘りはほどほどに、あまり無理をなさらないようにして下さい」と暑中見舞いをくれたのに、今日は天気もよくなったので、朝から井戸掘りに精を出した。濃尾平野の真ん中だから簡単に水は出るだろう、そういう慢心を諫めるようになかなか進まない。地面から2メートルのところに水面が見える。底までは3メートルだったものを今日は4メートル50センチまで掘り進むことができた。

 水深は2メートルほどあるが、これは冬季になると枯れてしまう可能性もある。何とかもう少し掘り下げたい。6メートルほどの鉄管を人力で打ち込み、滑車で引き上げる作業を繰り返してみる。「アカン、息が切れる」と4回か5回繰り返しただけでへたり込んでしまう。それでも3人で交代しながら何度か打ち込んでみる。鉄管を引き上げて先端を見ると、見事にピカピカそしてへし曲がっている。

 先輩が「漬物石くらいの大きさの石がある」と言う。目に見えないのによくそんなことが言えると思ったが、そんな大きな石ではないにしても、小石がびっしり積み重なった層に当たったようだ。このところ真面に掘れたことがない。「よっぽど心がけが悪い人がいるな」と先輩は言う。するともうひとりが「誰でもみんなこの歳になれば心がけの悪い奴しか残っていない。今更よくすること自体が無理だ」と開き直る。

 心がけが悪いのはどうすることも出来ないとしても、さあどうする、どうやって掘り進める。明日、井戸の依頼主に現状を話し、もっと深くまで掘る必要があるが、重機で3メートル4方の穴を掘ってくれれば、底に私たちが入ってスコップで掘り進めることを提案しようということになった。先輩たちは76歳、一番若い私が71歳、しかも今日は3人。明日は午後からひとり増えるがこの人も77歳。こんな高齢者では力仕事は無理である。

 「健康のためと思えばいい」と先輩は言うが、息が上がってしまうから力仕事は長く続かない。「体力が落ちたなあ」と嘆くけれど、実際はもう前から仕事するたびに「はあ、はあ」言い、力が出なくなっていることに気付いていないに過ぎない。やっぱり限界だと思う。それでもまだ、「本当にできなくなるまでやろう」と負けを認めない。仕方ない、明日もまた頑張ろう。

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こまつ座の『父と暮らせば』

2015年09月11日 17時48分54秒 | Weblog

 名演の9月例会は、こまつ座の『父と暮らせば』。久しぶりに芝居らしい芝居だった。芝居は観る者をエクスタシーに導いてくれるものがいいと思っている。共感が気持ちを昇華する、そんな作用が芝居にはある。しかし、なかなかそういう芝居に出会うことはない。先回、姪っ子の息子がやっている芝居を見せてもらったが、各俳優の身体能力が素晴らしく、「凄い!」という感動はあったが、共感までには至らなかった。

 ラスベガスの劇場で見た「凄い!」という驚嘆に似ている。姪っ子の息子の芝居を分類すれば、音楽といいテンポといい、目指しているものはエンターテイメントに徹した芝居なのだろう。こまつ座の『父と暮らせば』は、私が子どもの頃にラジオで聞いていたドラマや浪曲あるいは落語に通じる人情話である。原作は井上ひさし氏で、吉永小百合さんが出演している映画『母と暮らせば』と対になっている。

 広島の原爆投下から3年経ち、市立図書館に勤める美津江はひとりで暮らしている。その図書館にひとりの青年が原爆資料を求めてやってくる。その時から美津江は恋するようになるが、その気持ちが原爆で亡くなった父をこの世に呼び戻す。幽霊となって娘と暮らし父は何とかしてふたりを結婚させようとするが、美津江は結婚を拒む。どうして美津江が結婚を拒むのか、それが明らかになっていくところが芝居の醍醐味だ。

 みんなが原爆で亡くなったのに、自分だけ生きている。その負い目が美津江を苦しめていた。しかし、最大の負い目は原爆で負傷した父を残して逃げたことだ。「それはもう済んだことだ。お前は父の分まで生きろ」と父が言う。結末は予想できていたのに、涙が止まらない。娘を思う父と父を気遣う娘、当たり前のことなのに泣けてしまう。井上ひさし芝居特有の言葉遊びがあったりして、ふたりだけの舞台なのに退屈させないのもやはりセリフが生きているためだろう。

 吉永さんにラブコールしている私は、もう一度ラブレターを書こうと思った。映画『母と暮らせば』も絶対に観に行こう。芝居がその気にさせてくれた。

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