風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

スマイル・カーブあれこれ(上)

2010-08-05 03:49:54 | 時事放談
 スマイル・カーブとGoogleで検索すれば、腐るほど関連頁が出てくる有名な言葉で、もとは台湾のパソコン・メーカーとして草分けのエイサー社の創始者であるスタン・シー会長が、パソコンの製造工程における付加価値の特徴を述べたのが始まりだと言われていますが、現代の成熟産業を説明するのに、なかなか便利なフレームワークです。
 これは、横軸・右方向に向かって「ものづくり」の業務プロセスを、縦軸に付加価値または利益率をプロットすると、ちょうど真ん中あたりに位置する製造・組み立て工程では付加価値がつけにくい一方、両極端、すなわち左端(上流)にあるマーケティング、商品企画、さらにはビジネスモデル革新や、右端(下流)にある最終顧客に近い販売、サービス業務において、より付加価値が高く、従って利益率も高くなるというもので、グラフに表現すると、ニコニコ・マークのように、笑顔で上向きに歪む口の形に似たカーブを描くことから、この名前が付きました。その後、この業界では水平分業が進展したため、横軸にそれぞれの工程に特化した業界を配置するようになりました。真ん中あたりに位置するパソコン・メーカーは利幅が薄くカツカツで商売し、彼らの利益は、左端(上流)に位置する、ウィンテルと通称され市場を独占し荒稼ぎしたことで名高いインテルやマイクロソフトのようにキー・テクノロジーやキー・コンポーネントを押さえる企業群や、右端(下流)に位置する、ヤマダやヨドバシのような量販店やシステム・インテグレーターなどに吸い上げられているというわけです。コンサルティング・サービス業者も右端に位置しますし、グーグルやアップルも、サービスを提供するという意味では右端に位置づけても良いでしょうし、ビジネスモデルを革新したという意味では左端に位置づけても良く、いずれにしても労多くして利幅が薄い中央近辺の舞台からは遠く離れて、口の形のグラフを両端から吊り上げているイメージですね。
 その結果・・・と言うより、殆ど同時進行で何が起こったかというと、もはや自分たちの価値を付加しづらい、従ってコアとは言えない領域はアウトソーシングするというMBAの教えに従い、利幅が薄い製造・組立て工程を外注する企業が相次いだため、それらの業務がEMS(Electronics Manufacturing Service)あるいはOEM(Original Equipment Manufacturer)と呼ばれる相手先ブランドで生産を受託する業者に集約し、これら業者が台頭するようになりました。その後、更に製造工程の上流に遡り、設計までも手がけるようになったため、ODM(Original Design Manufacturer)と呼ばれるようになりました。パソコンの筐体の形状やデザイン(所謂インダストリアル・デザイン)が違うだけで、蓋を開けたら中身は同じ・・・というような事態に至っているわけです。利幅が薄いとされる業界で、台湾企業が中国の工場で受託生産するのを得意とし、やがて中国は世界の工場と言われるようになったのはご存知の通りです。この受託生産業界のポイントは、製造を世界中から集約し、ボリュームが増えた結果、部品購入などで価格交渉力をつけたり、設計などの付加価値を取り込みことによって、必ずしも利幅が薄いとは言えなくなったことで、このスマイルカーブを、ボリュームを稼ぐことで上方向に引き揚げることによって、利益の絶対額を確保できるようになり、業界としてすっかり定着しました。最近、中国工場の従業員の自殺が相次ぎストライキを起こしたことで名を馳せたFoxconnブランドで知られる鴻海精密工業が有名です。
 このスマイル・カーブを逆手に取っているのが、複写機やプリンタ業界でしょう。意図的に本体機器の価格を抑えて、これではとても儲からないのではないかと心配させながら、本体を大量に売り捌いた後に、将来にわたって購入され続けるトナーやインク・カートリッジなどの割高な消耗品やアフター・サービスでたっぷり儲けさせてもらう構造にしています。そのため、カートリッジのコピー(模造品)を売る悪徳業者が横行する中国では、大手複写機・プリンタ・メーカーの純正品の消耗品比率は3割程度(先進国では8~9割)と言われ、採算が取りにくい市場として業界の課題になっています。
 このスマイル・カーブが、パソコン業界において初出されたのは些か象徴的です。それまで開発から製造・販売・保守まで一気通貫に手掛ける垂直統合型の企業が贅沢品としての大型コンピュータを提供していた時代から、それぞれの分野で強みをもつ業者を活用して、それらキー・テクノロジーやキー・コンポーネントを寄せ集めて組み立てるだけで一つの製品に仕立てる分業体制を打ち立てることによって、パソコンをはじめとする電子機器がコモディティ化して爆発的に普及する時代へと変る道筋を作ったものだったからです。その過程で、日本のものづくりに対抗するかのように、あるまとまりでモジュール化し、そのインタフェースを標準(デファクト)化しオープンにするといった、現代の製造業の基本的なかたちが出来上がりました。
 明日は、このスマイル・カーブを応用する分野を広げて見ていきます。
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