九月(くぐわつ)
殘(のこん)の暑(あつ)さ幾日(いくにち)ぞ、又(また)幾日(いくにち)ぞ。然(しか)も刈萱(かるかや)の蓑(みの)いつしかに露(つゆ)繁(しげ)く、芭蕉(ばせを)に灌(そゝ)ぐ夜半(よは)の雨(あめ)、やがて晴(は)れて雲(くも)白(しろ)く、芙蓉(ふよう)に晝(ひる)の蛬(こほろぎ)鳴(な)く時(とき)、散(ち)るとしもあらず柳(やなぎ)の葉(は)、斜(なゝめ)に簾(すだれ)を驚(おどろ)かせば、夏痩(なつや)せに尚(な)ほ美(うつく)しきが、轉寢(うたゝね)の夢(ゆめ)より覺(さ)めて、裳(もすそ)を曳(ひ)く濡縁(ぬれえん)に、瑠璃(るり)の空(そら)か、二三輪(にさんりん)、朝顏(あさがほ)の小(ちひさ)く淡(あは)く、其(そ)の色(いろ)白(しろ)き人(ひと)の脇(わき)明(あけ)を覗(のぞ)きて、帶(おび)に新涼(しんりやう)の藍(あゐ)を描(ゑが)く。ゆるき扱帶(しごき)も身(み)に入(し)むや、遠(とほ)き山(やま)、近(ちか)き水(みづ)。待人(まちびと)來(きた)れ、初雁(はつかり)の渡(わた)るなり。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)
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