父の命日、平成5年、冷夏、タイ米緊急輸入と連想されるが、このタイ米、ご飯として食べるには不人気だった。しかし、タイ米でないと出来ない物がある。それが泡盛だ。
戦時中、タイ米の輸入が止まり泡盛業者は困ったという話を聞いたことがある。
まあ、細かなことは別として、泡盛の特徴はタイ米と黒麹。高温な気候でもアルコールを効率よく醗酵させるには必要だったのだろう。
館林市は今年、沖縄名護市と友好都市を結んだ。それ以降、事ある度に泡盛が顔を出す。10月3日、十五夜に鷹匠町長屋門で三線(さんしん)のコンサートが行われ、その時も泡盛の出番となった。
ところで、我が家では十五夜などの季節の行事は必ず行っている。この日も縁側にススキ5本、梨と饅頭が5個づつ供えられた。
しかし、饅頭は酔っ払って帰宅した我輩の胃袋に難なく納まってしまった。こんなことをしているようでは、力石徹にはなれない。