Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

学生の研究授業にて

2007年06月14日 | 大学
 教育実習中のゼミ生の研究授業を見学するために市内の高校へ出かける。梅雨のピークの蒸し暑さの中、背広、ネクタイは地獄である。しかしとりあえず大学教員である私は、初めての高校に「かりゆしウエアー」を着ていく勇気がない。派手なバリの織物(イカット)の服を着ていこうとも思ったが、ゼミ生に迷惑がかかると困るのでやめる。
 テーマは合唱である。資料を見るとなんと曲は《少年時代》。学校教育では井上陽水まで歌われるようになっている。最近読んだ小室等の本に頻繁に登場する「ヘンな」井上陽水が突然脳裏に浮かんで、思い出し笑いをこらえる。ここは神聖な高校の教室である!
 それにしても《少年時代》の切ない歌詞を、高校生はどのように感じているのだろう?あの歌詞からどんな風景を想像するのだろうか?といっても、私には高校生そのものが、未だ「少年」「少女」に見える。まるで彼ら、彼女らが、今を歌っているようにもみえて不思議な気持ちになる。
  《少年時代》の三部合唱を聞きながら、ぼんやりと自分の少年時代を思い浮かべた。最初に浮かんだものは、夏休みの暑い日、国分寺駅に止まっている西武国分寺線、窓はすべて開け放たれて、いくつもの扇風機がカタカタと音をならしながら、それぞれが勝手気ままに回っている。ほとんど乗客はいない。座っている乗客も人形のように動かない。広告が揺れている・・・。きっと目医者に行った帰りだ。ぼくは椅子にすわってぼんやり電車の発車を待っている。どうしてこんな風景が突然、蘇ってきたのだろう?今の今まで、考えたこともなかった風景。
 授業が終わってゼミの学生に聞いたところによると、高校生の感想の中に「懐かしい」という言葉が多いという。高校生の「少年」「少女」たちが懐かしむ「少年時代」は、彼らの幼少時代なのだろうか?いや、後ろなんか振り向いちゃいけないんだよ。少年、少女たちよ、君たちは希望に満ちた未来に向かうのだ!