花と緑を追いかけて

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いっぱいの主婦の日記です

紅葉を求めて・「秋山郷」へ

2007年11月09日 | 旅日記

上の写真は秋山郷の林道から、中津川を写したものです。
紅葉もそろそろ終りに近かったのですが、太陽の光に赤や黄色が映えて、鮮やかな渓谷美が見られました

私が初めて「秋山郷」を訪れたのは、40代の中ごろ・・・
登山ツァーで、湯沢の方から百名山の「苗場山」に登り、頂上で一泊して下ってきた場所が「秋山郷」でした。
ガイドブックには「平家の落人伝説の里」と紹介されていたのです。
ここで温泉に入り昼食にお蕎麦を食べましたが、古い日本の山里がしのばれる村の佇まいに、とても懐かしさを覚えました。

今回「清津峡」からそう遠くない事を知り、主人と訪ねてみました。
R117号線を「津南町」まで進み、そこから左折してR405号線に入ると一時間足らずで「秋山郷」です。

新潟県津南町から長野県栄村に至る中津川の谷合いに位置する12の集落の総称として「秋山郷」と呼ばれているのです。

最初に、秋山郷の入り口近くにある「見玉不動尊」に立ち寄りました。

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鳥居の横の「めぐすりの木」が赤く色付き始めて、黄色い銀杏とその鮮やかさを競っていました。
マウスオンでUPをご覧下さい。

このめぐすりの木はカエデ科ですが、煎じて飲むと実際に目に効くそうで、鳥居前のお土産屋さんに売っていました。

ここは眼病に効くという霊験新たかな不動尊なのです
non_nonさんのソースをお借りして纏めましたのでご覧下さい。
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こじんまりしていますが、歴史の感じられるとても良いお不動様です。
旅の交通安全を祈願いたしました。(前回、日光で事故っていますからね~)
緑内障を患っている母に、目のお守り袋を買いましたが・・・
めぐすりの木の方が良かったでしょうか?

村の中を進んでいくと、車が渋滞していて全然動かなくなりました
狭い道路に大型観光バスが何台もやって来て、なかなかすれ違えないのです
この日は日曜日でしたね。
少し戻って、中津川の東側を通る林道に入りました。

トップの写真はこの林道を走ったときに写したものです。
道はどんどん標高を上げていき、やがて紅葉も茶色に変わっていました。


この日本一の豪雪地帯の村々に雪が降り出すのももうすぐでしょう・・・
昨年の冬は大雪に見舞われ、この秋山郷が孤立したニュースが流れましたね。
この狭い一本の道路が、唯一の外部を繋ぐ生活道路だそうで
実際に現地に来ると冬の厳しさが想像できます。

このように、外部との接触が困難な中で独特の文化や生活様式が受け継がれてきた秘境「秋山郷」・・・
江戸時代の文人鈴木牧之の「秋山紀行」や「北越雪譜」で、その存在が初めて紹介されたそうです。
戦前には、雪や飢きんで村が全滅した悲惨な歴史もあるようでした

やがて道は元の405号線と交わり、「山源」と書かれた木工所や販売所が見えてきました。
「苗場山」登山の大赤沢コースの発着地でもあります。
山源の2Fで昼食のお蕎麦と岩魚の塩焼きを食べてから、「蛇淵の滝」を見に行きました。


こちらが展望台から望んだ「蛇淵の滝」
雲がなければこの奥に、広大な頂上湿原で御馴染みの「苗場山」が見えるはずですが・・・
この日は残念ながら姿は見えませんでした


陽が翳ると急に寒さが襲ってきます。
滝の周りの紅葉も終りに近く、長く立っているとジンジンと体が冷えていくので、早々に車に戻りました。



国道とはいえ、待機所まで戻らないとすれ違いもままならない狭い道を行きます。
目の前の大きな姿の「鳥甲山」も上の方が雲の中でした。


切明温泉まで来ると、秋山郷も終りです。
野反湖に注ぐ雑魚川の右側に温泉旅館が数軒ありました

ここから先は11月6日から翌年の春まで通行禁止となる「雑魚川林道」・・・
更にその先の「奥志賀スーパー林道」を通って、この日の宿のある「松川渓谷」の七味温泉まで車で走りました。

奥志賀は白樺林の葉も落ちて、雪こそないもののもうすっかり初冬の佇まいでした。

※秋山郷には郷土資料館や保存屋敷など見学できる所もあります。
 地図も含めて詳しい情報はこちらをご覧下さい
コメント (14)
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