ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

11 月  東 京 滞 在 記

2024-12-21 19:38:26 | 出会い
 先週、体調がやっと回復に向かった。
ところが、自治会に大きな課題があり、
関係する役員29人に声をかけ、会議を開催した。
 まだ、完治していなかったが、
会長が欠席する訳にはいかなかった。

 会議は、2時間半に及んだ。
疲れた。

 そして翌日には、別件で市役所に出向き、
住民からの要望を伝え、行ったり来たり。
 忙しく動き回った。

 すっかり体力を消耗した。
案の定、夕食もそこそこに床についた。
 次の日は、終日横になり、眠り続けた。

 でも、まだ会長として求められた案件がある。 
キャンセルすれば、その分予定が詰まるだけ、
無理をして、頑張るしかない。

 こんな時こそ、楽しかったことを思い出し、
エネルギーにすることだ。
 『DIARY 24年10月・11月』でも記したが、11月に8日間も東京へ行った。
その日々を振り返ることに・・・。


  ① 周年式典・祝賀会に出席

 9月に地元小学校の150周年記念式典があった。
学校運営協議会委員として、参列した。
 150年と言う大きな節目だが、
歴代校長は、3代前までしか式典に呼ばれなかった。

 ところが、嬉しいことに、
私が退職した小学校からは、存命歴代校長全員に
90周年式典の案内状が届いた。

 なので、11月の90周年式典には、
私を含め5名の元気な歴代校長が出席した。

 懐かしい先生や保護者、地域の方々などと挨拶を交わし、
学校の現況を知るだけでも嬉しいのに、
こんなことがあった。

 校庭改修や校舎増築などがあり、
今までとは受付場所が変わり、若干戸惑っていた私に、
同じタイミングで受付を済ませた女性が、声をかけて来た。

 「わざわざ北海道からですか?」
顔に見覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。
 「えぇ・・、昨日、飛行機で・・」

 女性はすぐに察してくれた。
「S町会のDです」
 残念だが、まだ思いだせなかった。

 それでも、その場を切り抜けようと、
「ああ、Dさんでしたね。ご無沙汰しています」
 軽く会釈した。

 「先生、全然変わりませんね。
お元気そうで、安心しました」
 その口調と表情から次第にDさんを思い出した。
「私ですか。いや、年とりました」
 ホッとした表情で、そう応じた矢先だった。

 「私、ずっと先生のファンでした。
あら、ごめんなさい。今もそうです。
ファンです」。

 「私のファン・・!」
突然のことで、対応できなかった。
 「毎月届く学校だよりを読んで、いつも・・」

 そこまで言うと女性は一礼し、
足早に、式場へ向かっていった。
 
 思いがけない贈り物だった。
幸せな気持ちが、式典と祝賀会を終えても残っていた。


  ② 日本一富士山に近いゴルフ場

 ゴルフを覚えてまもなく、
同世代の教頭4人で、毎月1回のゴルフ会を始めた。
 それは、私が伊達に移住するまで続いた。 

 その中の1人が、5年前に生まれ故郷の富士市に戻った。
そして、3年前になるだろうか。
 両親が残した実家をリニューアルし、古民家カフェを始めた。

 「いつかは、訪問するね」と約束しながら、
コロナ禍でもあり、足が遠のいていた。

 そして、今回やっと、東京から新幹線・こだまで新富士駅に下車。
出迎えた彼の車で、古民家カフェ『F倶楽部』へ。
 ご夫妻で用意する1日1組限定のランチをいただいた。

 夕食までは、これまた彼の車で富士市内観光。
田子の浦の工場群や茶畑を見て回った。
 至るところから富士山が見えていいはずなのに、この日は「残念!」。
空は、分厚い雲に覆われていた。

 さて、市内のホテルに泊まった翌日だが、
彼と家内、私の3人でゴルフを計画していた。
 予約してもらったゴルフ場は、
『日本一富士山に近い』が売りだった。

 早朝、ホテルのカーテンを開くと、
道を挟んだビルの上に、
大きな富士山の頂上が赤く朝日に染まっていた。
 思わず「おぉ-!」と声をあげた。
「こんな富士山を見ながらゴルフか!」
 ワクワクした。

 ところが、彼が運転する車でゴルフ場に向かうと、
富士山は、次第に雲に覆われ始めた。

 「晴れてると、ここからも富士山がよく見えるんだ」
彼は、そんなことを度々言った。
 
 約1時間のドライブで、クラブハウスに到着。
下車してすぐに、「見て見て!」。
 彼の声に促された。
上空の雲間に、巨大な富士山がそびえていた。

 富士山は、すそ野を広げた雄大な美しさに、
思わず「綺麗!」と声が出るのが常だ。
 ところが、このときは「すげぇー!」と、
私は歓声を上げていた。

 間近にせまる富士は、ゴツゴツと猛々しい山肌で、
しかも、険しい勾配でそびえ立っていた。

 ラウンド中も、雲に邪魔されたが、
時折雲間からの姿は、まさに荒々しい富士だった。

 日本一富士山に近いゴルフ場から垣間見た富士には、
穏やかな神々しさとは無縁だった。
 それよりも想像を越え、
私を力づけても、まだ有り余る力強さであった。

 帰り際、もう一度振り返り、富士を見上げた。
やっぱり再び「すげぇ-」と言っていた。

 
  

     雪道 烏が食べ残した柿      
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続・待合室 ウオッチ

2024-12-14 10:08:10 | 出会い
 風邪で10日間以上も寝たり起きたりをくり返すなんて、
今までにあっただろうか。
 朝から着替えをして、
起きていられるようになったのは、2日前からである。
 
 最初にかかりつけ医で診察を受けた時、
喉の細菌検査とレントゲン検査をした。
 レントゲンはすぐに結果が分かり、肺に異常はなかった。
細菌の結果には数日かかると言われた。

 それでも今の症状に応じた薬が処方された。
丁寧に診察する医師は、
「薬が合わないようでしたら、遠慮なくいつでも来院してください。
別の薬を出しますから」と。

 回復に向かわなかったので、
4日後に再び診察を受けることにした。
 細菌検査の結果も分かった。
さほど重大な菌ではないが、
通常ではいないはずの菌が見つかった。
 それに対応する抗生剤の飲み薬に切り替えてくれた。

 いつだって投薬には生真面目な私である。
毎食後用、朝夕食後用、夕食後用、就寝時用
それに毎食間用の計9種類を、
「きっと良くなる」と信じて、忘れず飲み続けた。

 すでに7日間分の全てを飲みきった。
やっと喉の痛みも頭痛もなくなった。
 後は、体力の回復を待つだけだが、
それには、まだ数日はかかりそうである。

 まったく、後期高齢者になるとこの有り様か。
「情けない!」

 さて、先週の続きを記す。
通院した2日とも、診察までに3時間かかった。
 その間、喉と頭の痛みをこらえながらだったが、
待合室ウオッチをした。
 その続編である。

 
  ③ 「予防注射して!」

 20人を超える患者で、座席がうまった待合室に、
受付をする年老いた女性の大声が響いた。

 「時間があるから、予防注射に来たんだけど・・」
「なんの予防注射をしに来たんですか?」
 「何でもいいけど、ホラ、この病院でできるやつ」
「今、ここではインフルエンザとコロナワクチンができますが、
どっちですか」
 「どっちでもいいよ。両方でもいいよ。
かかったら大変だから、予防注射して!」

 大きな声のやり取りである。
その上、実にもの珍しいやり取りに、
俄然興味が湧き、耳を傾けた。

 「両方を一度に打つのは出来ないので、
どちらか1つです。
 どちらにしますか?」
「どっちかか・・、じゃどっちでもいい!」
 女性も困った様子だが、受付の女性も困っていた。

 しばらくして、受付が言った。
「カルテを見てみますから、診察券と保険証ありますか」
 女性がそれを渡してまもなく、
「インフルエンザの注射は去年もしてますね。
今年になってから、他の病院でしてませんか?」
 「してないよ。だから来たんだよ!」
女性は即答した。そして
「もう1つのも、ずっとしてない。
でも、一緒は駄目なのね」
 「はい。
じゃ今日はインフルエンザの予防注射を打つことにしましょうか?」
 「それでいい。お願い!」

 長いやり取りだった。
女性は大きな息をはき、私の横の空席に腰をおろした。

 やや時間をおいて、今度は看護師さんが女性に近づいた。
「インフルエンザのお注射でしたね!」
 「それにしたの!」

 看護師さんは、もってきたA4版の印刷物を差し出した。
「お注射の前にこれを読んで下さい」
 紙には、予防接種の副作用など諸々の注意事項が箇条書きされていた。

 女性は、一瞬その紙を見たが、
「もう、そんな字は読めないからいらない」
 看護師さんは手慣れていた。
「じゃ、たたんでこのバックに入れたおくね。
困ったときには、近くの人に見せてね」

 女性がうなずくと今度は、
バインダーに挟んだ問診票を取り出した。

 すかさず「それも読めない!」。
「じゃ、1つずつ私が読みますから、
はいかいいえで答えてね。
 だけど全部終わったら、
ここの欄に名前だけは自分で書かないと、
お注射は打てません。
 名前は書けますか」
最後だけ看護師さんは、強くはっきりと言った。

 「わかった。ここに名前を書けばいいのね!」
「そうです。じゃ読みますね」。

 看護師さんは、1問1問読み上げては答えを待った。
そして、記名まで終え、
「これで、予防注射が打てます。
今日はこんなにたくさんの患者さんで混んでるから、
すぐには呼べないけど待っててね」
 女性は慌てて周りを見て、
ビックリした顔で静かにうなずいた。

 医療に従事する方のご苦労が身にしみた。
周りは私と同じ患者ばかりだが、
どの人の耳にも、ここまでの一部始終は届いていた。
 だからだろうか、外は寒々としているのに、
待合室には穏やかな温もりがあった。


 

  やっと冬景色 -4度「寒!」
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待合室 ウオッチ

2024-12-07 11:42:13 | 出会い
 65歳以上の方を対象にした軽スポーツの集まりが、
総合体育館であった。
 私は、その副実行委員長を頼まれた。

 当日は、いくつかの役割があった。
その1つが、6つの競技の1つで参加者の得点を記録する係だった。

 約60名の参加があった。
次々と得点記録をしないと、
スムーズに競技が進まない。
 休む間のない1時間半だった。

 記録をしながら、底冷えを感じた。
でも、慌ただしさで上着を取りに行くこともできないままだった。

 それが悪かった。
その日の午後から、風邪気味になった。
 ノドが痛く、時折咳やくしゃみが出た。
翌日からは、市販の風邪薬を頼った。

 1週間が過ぎても回復しないどころか、
痛みも増し、頭痛もひどくなった。
 
 もう市販薬では駄目と判断し、
かかりつけ医へ行くことにした。

 待合室は、患者で溢れていた。
『本医院の待ち時間について』という張り紙があった。
 そこに「1時間半~3時間」お待ち頂くことがありますと書いてあった。
4日の間を置いて2度、その待合室で診察を待った。

 その時間、咳き込むたびにノドと頭と全身が痛みながらも、
その場にいる患者さんをウオッチした。
 2つを記す。


  ① 女性の2人づれ

 受付を済ませて、待合室の空席に着くと、
はす向かいに、同世代の女性が2人座っていた。
 仲良く小声でお喋りをしていた。

 しばらくすると2人は、一緒に受付に呼ばれた。
それで、2人はそろってここへ来たことが分かった。

 まずは、そのことに驚いた。
私たちは、誰かと連れだって病院へ行くだろうか。
 家族に付き添ってもらって通院したことはある。
でも、予防接種以外にそのような体験はないのでは・・。

 「友だちやご近所さんと連れだって」病院へ行くなんて、
私には考えられないことだった。
 年齢と共に、女性は協調性が増すと聞いたことがあるが、
男性の私には決して真似のできないこと。
 ただただ驚いてしまった。

 そして、この2人にはもう1つ。
受付に呼ばれた2人は、
保険証かマイナンバーカードの提示を求められた。

 2人は、マイナンバーカードの提示は初めてなので、
やってみたいと言った。
 早々、受付の女性が提示の機器前まで来て、
操作方法を説明した。

 1人の女性が、不安げな表情で自分のカードを機器に入れ、
受付の女性の説明に従って、顔認証を選び機器を見た。
 それで全てが終わった。
「実に簡単!」だ。
 提示を終えた女性の不安は、自信に変わった。

 突然、連れの女性に声をかけた。
「ここにカードを入れて!」
 「そう、その向きに入れるの」
「顔認証ってあるでしょう。そこを指で!
そこを見て見て!」
 「それで、もう終わり」

 不安げな女性とは対照的に、
一歩先を行った女性のなんと誇らしげなこと。
 こんな姿も女性ならではと言ったら、
言い過ぎ・・かな?


  ② 3時間待ちの顛末

 2時間半も待って、
やっと診察室前の廊下の長椅子まで呼ばれた。
 「後わずかだ!」
そこでも4人程が呼名を待っていた。
 やや時間はかかったが、順に診察室に呼ばれた。

 次は私の番だと思った。
ドアが開き、看護師さんが名前を呼んだ。
 「××ハラ ワタルさま、どうぞ」
私は立ち上がれなかった。
 「私の名ではない!」

 少し離れた席の男性が急いで、
診察室へ入っていった。
 よく似た名に違和感があった。

 その方が、診察を終え退室した。
次は私と確信した。
 ドアが開き、看護師さんが名前を呼んだ。
「××ハラ ワタルさま、どうぞ」
 立ち上がって、思わず言った。
「ツカハラです。××ハラではありません」

 看護師さんは血相を変えた。
急ぎ診察室へ戻り、
「失礼しました。ツカハラワタルさまどうぞ!」
 
 かかりつけ医である。
患者を間違えての診察はないだろう。
 「それでも」と、私は医師に言った。
「ツカハラです。よろしくお願いします」

 さて、診察が終わり、会計で支払いを済ませた。
ここまでで3時間を越えていた。

 その後、処方箋を持って、医院のそばにある調剤薬局へ行った。
そこに、先ほど私の前に診察室へ入った「××ハラ」が、薬を待っていた。
  
 やや時間をおいて、薬局の薬剤師さんが名前を呼んだ。
「××ハラ ××ルさん」だった。
 「単純な呼名のミスだ。
さほど気にしなくていいこと」
と、安堵した。

 ところが、その後の彼と薬剤師さんのやり取りが、心を刺した。
薬剤師さんは数種類の大量の薬を前に、
その投薬方法について説明を始めた。
 
 しばらく静かに聞いていた「××ハラ」さんが言った。
「あのね。この薬はもう何回もここでもらっているの。
だから、細かな説明はいいから」
 かなり苛立った口調だった。

 薬剤師さんは、その空気を読んで対応すればよかったのに、
やや強い言い方をした。
 「いえ、薬の扱い方についてお伝えするのは、私の務めです。
お聞き下さい!」

 それを受けて、彼は大声を出した。
「聞かなくても分かっているって言っただろう。
病院が混んでて、もう3時間以上もかかってるんだ。
 あんたの仕事に付き合うより、俺の仕事だ。
説明はいいから、早くしろ!」

 薬剤師さんは、仏頂面で薬の料金を言い、
彼はお金と交換に薬の袋をつかみ、足早に薬局を出て行った。

 「これは、よく言われているカスハラなのだろうか」
そんなことを思っている矢先に私の名が呼ばれた。
 処方された薬の説明が始まった。

 彼と同じ気持ちに私もなりそうだったが、
じっと我慢して、薬剤師さんの務めに付き合った。
 何ともやりきれない気分だった。


 

     荒々しい有珠山 ~噴火はいつ?
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店員さん あれこれ

2023-09-09 09:56:34 | 出会い
 ① 数年前、パークゴルフサークルの幹事をしていた。
Aスーパーで年間表彰の景品を、メンバー分購入した。
 その店は、購入した品を1つずつ包装した上、
順位表示ののし紙まで貼ってくれると言う。

 数種類の日用雑貨を40点程選び、
レジで支払いを済ませた後、
サービスカウンターでそれをお願いした。
 ベテランの女性店員さんは2つ返事で引き受け、
「夕方までには仕上げておきます。
 その後でしたらいつでもお渡しできます」
と、笑顔だった。

 他のスーパーは包装までのサービスなのに、
その店員さんの対応に、
 「さすが、Aスーパーだ!」。
嬉しい気分で店を出た。

 夕方、やや時間を置いて、品物を受け取りに行った。
まだ、その店員さんがいた。
 私の顔を見るなり、
「できてますよ。お待ち下さい!」。

 すぐに、別室から台車に乗せた段ボール箱を押してきた。
「このまま車まで運びますね」。
 どこまで気が利くのだ。
恐縮した。
 「いや、ここからは私が・・。
台車はここにお返しすればいいですね」。

 店員さんの返答も聞かず、私は台車を押しながら、
何度も頭を下げていた。


 ② 他の店に比べ、Bスーパーの客層は若干若いように思う。
その理由はよく分からないが、店内は他よりも照明が明るい。
 それが一因かもと、勝手に解釈している。

 私も家内も、その明るさと駐車場の広さに惹かれ、
よくBスーパーを利用する。

 2人で、数日分の食料を買い込んできた日だ。
自宅に戻ると早々、家内はその1つ1つを収納し始めた。

 「あら、このベーコン、賞味期限が切れている。
気づかないで買ってしまった」。
 家内の驚きの声だった。

 「今時、賞味期限切れを販売するなんて!」。
私もビックリして、ベーコンの日付を見た。
 確かに2日前の月日が刻まれていた。

 「食べられない訳じゃないから、いいよね」。
家内は言う。
 でも、同じ物を購入する客がいるかもと思い、
私が、お店に連絡することにした。

 電話に出たのは、その口調で若い女店員さんと分かった。
「先ほどそちらの店で買い物をした者です。
 家に戻ってよく見たら、ベーコンの賞味期限が切れてました。
それでお電話しました」。

 私は、謝罪の後、ベーコンの種類や賞味期限の日付など詳細について
質問があると思って、そのベーコンを片手に持っていた。
 女店員は、即答した。
「そうですか。済みませんでした!」。
 「ハイ」。
私は応じた。

 その後、店の喧噪が受話器から聞こえた。
しかし、女店員さんは何も言わず、無言のまま。
 しびれを切らし、私は言った。
「それだけですか?」。
 女店員さんは「ハイ!」。
再び押し黙り、なんの応答もない。

 仕方ない。
「他の方と代わってもらえませんか!」。
 受話器を置く音がした。

 しばらく店内の喧噪が聞こえた。
今度は男性の声だった。
 全く引き継ぎがなかったようで、
「どんな用件でしょうか」と言う。
 ここまでの経過をかいつまんで伝えた。

 男性は忙しそうに早口で言った。
「分かりました。すみませんでした。
もう1度、しっかりと教育し直します。
 ありがとうございました」。
  
 賞味期限が切れたベーコンについては、
全く触れようともせず、電話は切れてしまった。

 その後は、ため息をくり返すだけ・・・。
ただただ・・ただただ・・。


 ③ 目の前にある『紋別岳』を登ったのは、
5年も前のこと。
 それからは「今年こそもう一度!」と思いつつ、
再登山が延び延びになっていた。

 自宅から車で5分のところに、
登山口の駐車場がある。
 そこから山頂までは2時間半だ。

 しかし、もう年齢も年齢だ。
「今年、チャレンジしなければ、もう無理かも!」。
 そんな思いで、9月に入ってから、好天を待った。
 
 つい先日のことだ。
秋を思わせる快晴だった。
 「どこまで行けるか不安」と言いつつ、
家内も同伴することに。

 朝食を済ませると、
お握りを2つずつ用意した。
 そして、山登りの昼食には必ず唐揚げだった。

 いつもなら家内が作ってくれた。
しかし、コンビニに美味しい唐揚げがある。
 家内に負担をかけないよう、それを買うことにした。

 ところがどこのコンビニへ行っても、
まだ販売していなかった。
 仕方なく、9時の開店が過ぎていたあのBスーパーへ行ってみた。

 ここの総菜売り場の唐揚げは評判がよかった。
「残念!」、まだ唐揚げが並んでなかった。
 
 諦めきれずに、しばらく待ってみた。
次々と総菜がならび始めた。
 しびれを切らし、総菜を運んできた女店員さんに訊いた。
「すみません。唐揚げはまだまだ出てこない?」。
 「ちょっと待って下さい。厨房に訊いてみます」。
その店員さんは、小走りで厨房へ入っていった。

 同じBスーパーでも、店員さんの対応の違いに驚きながら、
私はその後ろ姿を追い厨房前の扉で待った。
 すかさず、今度は男性の店員さんが現れた。
 
 「唐揚げですね。すぐ用意します。
どのくらいあればいいですか」。
 私は、恐縮した。
「いや、少しでいいんだ!」。
 その親切に親しみを込め、少し北海道訛りの言い方をした。

 「じゃ、3個もあればいいですか?」。
年寄りの1人暮らし、急ぎ弁当のおかずに、
とでも彼は思ったのだろう。
 「3個じゃ少ない」と言いたかったが、
忙しい最中、わざわざ接客してくれている彼にNOは言えなかった。 
 「3個じゃなくて、その倍はほしい!」。
私は、その言葉を飲み込んだ。
 代わって「すいません。3個でもいいですか?」と言っていた。

 彼は大急ぎで厨房に戻り、用意してくれた。
パックに唐揚げを3個入れ、料金シールは貼って持ってきた。
 「お待たせしました。ありがとうございます」。
丁寧に頭まで下げた。

 唐揚げ3個を両手で持ちながら、レジにむかった。
なぜか特別な唐揚げのように思え、嬉しかった。

 『紋別岳』山頂に2人が着いたのは、1時近くだった。
3個の唐揚げを2人で分けて食べた。
 登頂の歓びもあったが、つい笑みがこぼれていた。
 

 

     散歩道の ひまわり畑   
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『 高 齢 者 講 習 』デビュー ≪後≫

2022-12-31 12:03:18 | 出会い
 魚料理店をしている兄の所では、
大晦日にお刺身セットとオードブルセットの予約が、
百件も入ったと言う。

 店は、29日から昼も夜も休みだが、
その日の夕食後に電話してみると、
予約の仕込みのためまだ厨房にいた。
 「去年は、予約したお客さんを待たせてしまったから、
そんなことがないようにしないと」と笑う。
 
 兄は、若い頃からずっと、
年越しの日まで、忙しく働いてきた。
 「そろそろ引退しては・・・?」と言う私に、
「したら、俺はどうする。何もすることなくなるべ」。
 だから、きっとこれからも生涯働き続けるのだと思う。

 刺激を受けない訳がない。
老け込んでなんかいられない。
 「来年も、私らしさを探しながら、
一歩また一歩と歩みを進めていこう!」。

 さて、「『高齢者講習』デビュー」の続編である。
繰り返しになるが、
 『講習が終了する正午まで、
様々な微笑ましい言動に出会えた』。
 後編は、講習会場でのエピソードを記す。

 ① プレハブの小さな部屋には、3と3と2列に、
机と椅子の席が並んでいた。
 机には、番号があり、
受講生8人は、指定された番号の席に座った。
 私は、右の前列だった。

 全員が席に着くと、指導員がさっと前に立った。
大ベテラン風の女性だった。
 開口一番、指導員は、
「私の声が、聞き取りにくい方はいませんか。
いらっしゃいましたら、今のうちに言ってください」。
 すぐに、斜め後ろの男性が、
「少し聞きにくいワ。マスクをはずしてもらうと、
ハッキリ聞こえると思うけど」。
 一瞬、小さな笑いが起きた。

 でも、指導員は真顔で、
「マスクをはずすことはできません。
 コロナですから。
前の席に移ったら、大丈夫ですかね?」。
 「どうかな!」。

 「私の席と替わりましょうか」。
私が名乗りでた。
 席を入れ替わる時、そっと顔を見た。
おそらく5歳は年上、人の良さそうな印象だった。
 
 「いかがですか。大丈夫そうですか?」
「うん。よく聞こえる。大丈夫だ」。

 その後、認知機能検査が行われ、
採点のために10分間の休憩が告げられた。
 女性の指導員が、回答用紙を抱えて退室した。

 8人の無言の時間が流れた。
しばらくして、口火を切ったのは、
私と入れ替わった男性だった。

 「珍しいね。女の指導員なんて。
やっぱり若い女の人はいいね。
 何でもいいから、話しかけたくなるワ。
それだけで、元気になるよ」。

 女性は、定年間近に思えていた。
でも、彼の目には・・・。 
 受け止め方は人それぞれ、様々だ。
「若い・・って!」。
 私は、顔を隠して笑いをこらえた。
 
 ② その男性のひと言で、会場の雰囲気が和んだ。
すかざず、私の正面に座っていた
小さなマスクの大柄な男性(前編に登場)が、話しだした。

 「あのさ、年寄りがアクセルとブレーキを間違えて、
事故をおこしたって言うだろう。
 だけど、踏み間違いなんてするか。
俺はそんなことしない」。
 しかし、自信満々の彼に同意する声は上がらなかった。
みんなやや背を丸め、目を伏せて次の言葉を待った。

 すると彼は予想外なことを言い出した。
「だけど、今の検査、タケノコは野菜なのに、
果物の欄に書いちまったサ。
 それから、思い出せないのもいっぱいあったし・・。
運転できなくなると、困るんだよなぁ」。

 これには、後ろの席から続く者がいた。 
「俺なんか、時間を書くところも、
全然違う時間を書いたみたいで・・。
 心配で心配で・・」。

 すかさずこんな声が、
「オンナジだ。いっぱい思い出せなかった。
 けど、大丈夫だ」。
「そう、大丈夫、みんな合格するよ。
大丈夫だ。心配ないって」。
 「そうさ、何ともない」。
声と一緒に、それぞれが大きくうなずき、
励まし合った。

 私も思わず、その温かな空気感に包まれ、
何度も「大丈夫です」を小さく繰り返した。

 ③ 10分後、私たちの前に立ったあの女性指導員は、
「全員合格です」と笑顔で言った。
 誰1人その結果に納得していない顔のまま安堵していた。

 そして、バックの車庫入れがなくなった運転技能講習を受け、
最後の視力検査へ進んだ。

 再び、講習会場の席で、隣接する別室の検査順を待った。
視野検査と2種の動体視力検査があった。
 私は、無事に検査を終えホッとして、席に戻った。

 次に検査を受けた方と男の検査員のやり取りが聞こえてきた。
検査を終えた直後の私には、
そのやり取りが手に取るように分かった。

 2番目3番目は、動体視力の検査だった。
動く丸い輪の切れ目が分かったら、ブザーを押せばいいのだ。
 検査員が彼に訊く。
「見えましたか?・・・・切れ目が分かったら押してください」
 彼は、黙ったまま、無反応が続いた。
検査員は言う。
 「もう一度やりますね。切れ目が見えたら押すんですよ。
いいですね。」
 再び、静寂が・・・。

 「じゃ、次の検査に移りますね。
同じように、切れ目が見えたら押してください。
・・・見えませんか」。
 もう1度、同じことを繰り返す。
結果は同じだった。

 会場にいる全員が、黙って検査の推移に注目した。
当然、誰も助け船など出せなかった。
 じっと検査に聞き耳をたてた。
周囲と同じように、
私も次第に重たい気持ちになっていった。

 検査員は、続けた。
「年齢が進むと、視力の低下か進みます。
眼鏡も合わなくなります」。
 その通りだ。
間違っていない。
 しかし、次はちょっと心に刺さった。

 「だから、私の父は3年ごとの更新時には、
必ず新しい眼鏡にしています。
 安い眼鏡もありますから、
是非視力に合った新しいものを作ってはいかがですか。
 3年に1度のことですから」。

 別室で言われている彼が気の毒になった。
案の定、退出して戻ってきた姿が弱々しかった。
 自席に座りながら漏らしたため息が、
狭い部屋中に聞こえた。
 私たちも同時に、小さく息を吐き肩を落とした。

 講習会が終わり立ち上がった時、
あの大柄な男性が彼に近づき、何やら声をかけていた。
 きっとポンと肩を叩いたのだと思う。




    新春を待つ 伊達神社
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