前ブロク・「『サルビアのそばで』①」のつづき
ある日の土曜日のことです。
学校から帰ると、いつものように家にはだれもいません。
玄関を開いて、家のなかに入ると、古い柱時計がやけに大きな音で
カッチ、カッチとひびいています。
家のなかのものは、みんな息をひそめているみたいに静かです。
たけし君は、それがとてもいやで、玄関の戸をいきおいよく開けると、
大きな声で、「ただいま・・。」って言うのです。
息をひそめていた壊れかけた茶だんすや色のはげたタンス、そしてふすまが、
ちょっとは変わってくれるのではないかと思うからです。
しかし、何もかもが今までどおり静かなんです。
それでもたけし君は、いばって家のなかに入って行きます。
足音をドンドンとさせてね。
カバンをいつもの場所におくと、
次に、「まず、昼飯でもくおうか。」
と、ひとりごとを言うのです。
せまい台所のすみに、おはちがおいてあります。
いつも土曜日には、その上にたけし君のご飯茶わんとおわん、
それに、はしがおいてあります。
お母さんがそうしておいてくれるのです。
だれもいない静かな家のなか、
聞こえるのは柱時計の音と、遠くを走っている車の音だけです。
台所の板の間にすわって、おはちにむかうたけし君。
ごはんをよそい、冷たいみそ汁をおわんに入れて、
今度は、また大きな声で、「いただきまーす。」って言うのです。
「はいどうぞ、おあがり。」って、
お母さんの声が返ってくるような気がするから、そうするのでした。
でも、いくら耳をすましても柱時計と車の音だけです。
たけし君はもう何も考えず、ご飯にみそ汁をかけて、口にもっていくのでした。
だが、その日だけはいつもの土曜日とちょっと違っていました。
大声で「だたいま。」と言い、カバンをおいてひとりごと、
「まず、昼飯でもくおうか。」を言って、台所に行きました。
いつものすみに、おはちがありました。
たけし君のご飯茶わんとおわん、それにはし。
ところがその日は、それだけではありませんでした。
おはちには、かれいの焼いたのとノートの切れはしものっていました。
たけし君は焼きがれいが大好きでした。
でも、すぐに焼きがれいだとはわかりませんでした。
「あれ、何かなあ。」と、よく見て、ようやくわかりました。
と言うのは、お皿にのっていた焼きがれいは、
食べやすいようにかれいの頭や骨は、みんなきれいにとってあったのです。
お母さんがそうしてくれたのでした。
たけし君は、おはちの前にきちんとひざをおって座りました。
家のなかは、みんないつもとおなじように息をひそめていました。
たけし君の両手は、ひざをしっかりとにぎりしめていました。
いつまでも、じっとお皿のかれいを見つめていました。
ふとノートの切れはしに気がついて、
たけし君は目だけを動かして、それを読みました。
お母さんの置き手紙でした。
たけし君は、その時はじめてお母さんから手紙をもらいました。
声をださずに読みました。
『一人のお昼はつまらないでしょう。ごめんなさいね。
きょうは、かれいをやいておきましたよ。はいどうぞ、おあがり。』
と、書いてありました。
たけし君はそれを読むと、なにを思ったのか急に立ち上がりました。
せまい家のなかをかけて、カバンからえんぴつを取りだしました。
お母さんの置き手紙を、台所の板の間におき、
『はいどうぞ、おあがり。』と書いてあるそばに、
『いただきます。』と、書いたのです。
えんぴつがおれるほど力を入れて、ゆっくり書きました。
それから、たけし君はまたおはちの前にすわりました。
板の間は足がしびれるけれど、きちんとすわって、
ご飯を食べ、焼きがれいをつまみ、みそ汁を飲みました。
ご飯も焼がれいも、みそ汁も、もう冷えていたけど、
たけし君の胸はあつくなりました。
そのあついものは、次第に上へ上へと上がってきました。
頭がかーっとなって、おはちの上がかすんできました。
焼がれいが、お皿がなみだでかくれてしまいました。
ズボンにはなみだのしみがつきました。
それでもたけし君は食べるのをやめませんでした。
台所のかたすみで、小さなおはちの前にきちんとすわり、
ご飯茶わんを左手に、右手にはしをもって、
たけし君は声をたてずになきました。
なきながらお昼を食べました。
食べ終わるとたけし君は、なみだをふいて、
またえんぴつを握りました。
そして、あの置き手紙に、
今度は『ごちそう様でした。』と書いたのです。
えんぴつのしんがおれるほど力をいれて。
『いただきます。』
『はい、どうぞ、おあがり。』
『ごちそう様でした。』
と、書いてある手紙は、それからずうっと、
たけし君のズボンの後ポケットに入っています。
私はそれを見せてもらいました。
ポケットに入れていたから、もうだいぶしわくちゃになっていましたが、
お母さんの字とたけし君の字がありました。
私がそれをじっと見つめていると、
「おじさん、それからね」
と、たけし君は、また話を続けたのでした。
今度は、お父さんのことでした。
製鉄所をやめてから、たけし君のお父さんは、
ときどきお酒を飲むようになりました。
太陽がたけし君の学校の裏山にかくれるころ、
魚を売りにいったお父さんとお母さんは、
疲れきった顔をして帰ってきます。
いつもお母さんの方が先に帰ってきます。
それからしばらくしてお父さんが。
お父さんの方が遠くまで売りに行っているからおそいのです。
ところが、1ヶ月に1回か2回、
お母さんが帰って1時間がすぎても2時間がたっても、
お父さんの帰らない日があるのです。
そんなときは、必ず「たけし、父さんをさがしておいで。」
と、お母さんが言うのです。
とても怒っているようで、こわい顔なので、
たけし君は、「いやだよー。」と言えず、
暗くなった道を歩きだすのでした。
たけし君には、お父さんのいる所がだいたいわかっているのでした。
そこは、夜でも人でにぎわっている場所です。
お酒を飲んだ人が、肩を組みながら大声で歌をうたって歩いていたり、
ろじうらでおしっこをしている大人がいたり、
どこかの店からはレコードの歌が聞こえてきたりしています。
赤いちょうちんをぶらさげている店もあります。
よっぱらいばかりの所です。
たけし君はそんな所へ行くのでした。
たけし君は、お酒を飲んでいる人ばかりの店を、
一軒一軒のぞいて歩きます。
のれんをくぐり戸を開けると、決まって女の人が、
「いらっしゃい。」というのです。
子どもが入ってきたので、変な顔をしてたけし君を見るのです。
たけし君はそんなことを気にもしないで、店の中を見回します。
「お父さんはいないかなあ。」と思って。
そんなことを何軒かしていると、
お父さんをみつけることができます。
たけし君は、もうだいぶよっているお父さんのところに近づいて、
「父さん、帰ろうよ。」と言うのです。
お父さんは、なかなか帰ろうとしません。
たけし君は、よっぱらいばかりいる店がいやなので、早く帰りたくなります。
なんべん「帰ろう。」と言っても、お父さんは腰を上げてくれないので、
たけし君は、そこで大声をはり上げてなくのです。
すると、お父さんはしかたなく、店を出てくれるのでした。
店を出てからがまたたいへん。
なかなかまっすぐには歩いてくれません。
横へふらふら、前へよろよろ。
たけし君は、道路のわきにあるドブにおちやしないだろうかと心配で、
お父さんのうでを、両手で力いっぱいおさえながら、
家までつれて行くのでした。
しかし、いつもと違う日があったのです。
お酒を飲んでいるらしくお父さんの帰りがおそい日でした。
たけし君は、いやいやよっぱらいのいる店をさがし歩いていました。
お父さんはやはりお酒を飲んでいました。
その日だけは、「父さん。」と言うと、
「おう、帰ろう。」と、すぐに店を出てくれました。
やっぱりよっていました。
でも、そんなにふらふらしていないようでした。
たけし君は、お父さんのうでを両手でおさえながら歩きだしました。
すると、「きょうは、だいじょうぶだ。」と言って、
お父さんは、たけし君の前にしゃがみこんだのです。
たけし君には、それがなんだか、すぐにわかりました。
たけし君は、お父さんの背中にいそいで飛びつきました。
お父さんの首にしっかりとつかまりました。
ゆっくりとお父さんは立ち上がって歩きだしました。
大きな背中でした。
歩くたびに、たけし君の体はゆれました。
たけし君はお父さんの背中に顔をくっつけました。
お父さんの臭いがしました。
お酒の臭い、たばこの臭い、あせの臭い、そして魚の臭いもしました。
じっと目をとじて、たけし君はその臭いをすいました。
たけし君は、その臭いが大好きになりました。
大好きなお父さんの臭いを胸いっぱいにすって、
大きな背中にゆられながら、
たけし君とお父さんは夜道を帰ったのでした。
その大きな背中のぬくもりと臭いを、
たけし君は今もおぼえているそうです。
私は、赤いサルビアのそばで、
たけし君とお父さん、お母さんのすてきな話を、
ただうなずきながら聞きました。
最後にたけし君は、
「おじさん、ぼくはね、
さみしくなったときや泣きそうになったときにね、
お母さんの手紙をみることにしているんだ。
そして、ときどきはね、お父さんのそばにいって、
あの臭いをそっとかいでみるんだ。
するとね、いやなことも、つらいなあと思うことも、
がまんできるようになるんだ。」
と、言いました。
私とたけし君の後ろでは、
今も子供たちが野球をしながら、かん声をあげています。
そして、公園の花だんにはサルビア。
私はたけし君の目をしっかりと見て、
「たけし君、今にきっとまたもとのようにみんなたけし君と遊ぶようになるよ。
ひとりぼっちなんてもうじき終わりになるよ。
おじさんは絶対そうなると思うんだ。絶対に。
それまでそれまでたけし君、じっとがまんしよう、なあ。」
と、言いました。
言いながら、私は一日も早くその日が来ることをいのっていました。
たけし君は、またサルビアに目をうつし、
「うん。」と、力強く首をたてにふりました。
たけし君の目には、
真っ赤なサルビアが、いっぱいうつっていたのでした。
だて歴史の杜公園 ナナカマドの秋色
ある日の土曜日のことです。
学校から帰ると、いつものように家にはだれもいません。
玄関を開いて、家のなかに入ると、古い柱時計がやけに大きな音で
カッチ、カッチとひびいています。
家のなかのものは、みんな息をひそめているみたいに静かです。
たけし君は、それがとてもいやで、玄関の戸をいきおいよく開けると、
大きな声で、「ただいま・・。」って言うのです。
息をひそめていた壊れかけた茶だんすや色のはげたタンス、そしてふすまが、
ちょっとは変わってくれるのではないかと思うからです。
しかし、何もかもが今までどおり静かなんです。
それでもたけし君は、いばって家のなかに入って行きます。
足音をドンドンとさせてね。
カバンをいつもの場所におくと、
次に、「まず、昼飯でもくおうか。」
と、ひとりごとを言うのです。
せまい台所のすみに、おはちがおいてあります。
いつも土曜日には、その上にたけし君のご飯茶わんとおわん、
それに、はしがおいてあります。
お母さんがそうしておいてくれるのです。
だれもいない静かな家のなか、
聞こえるのは柱時計の音と、遠くを走っている車の音だけです。
台所の板の間にすわって、おはちにむかうたけし君。
ごはんをよそい、冷たいみそ汁をおわんに入れて、
今度は、また大きな声で、「いただきまーす。」って言うのです。
「はいどうぞ、おあがり。」って、
お母さんの声が返ってくるような気がするから、そうするのでした。
でも、いくら耳をすましても柱時計と車の音だけです。
たけし君はもう何も考えず、ご飯にみそ汁をかけて、口にもっていくのでした。
だが、その日だけはいつもの土曜日とちょっと違っていました。
大声で「だたいま。」と言い、カバンをおいてひとりごと、
「まず、昼飯でもくおうか。」を言って、台所に行きました。
いつものすみに、おはちがありました。
たけし君のご飯茶わんとおわん、それにはし。
ところがその日は、それだけではありませんでした。
おはちには、かれいの焼いたのとノートの切れはしものっていました。
たけし君は焼きがれいが大好きでした。
でも、すぐに焼きがれいだとはわかりませんでした。
「あれ、何かなあ。」と、よく見て、ようやくわかりました。
と言うのは、お皿にのっていた焼きがれいは、
食べやすいようにかれいの頭や骨は、みんなきれいにとってあったのです。
お母さんがそうしてくれたのでした。
たけし君は、おはちの前にきちんとひざをおって座りました。
家のなかは、みんないつもとおなじように息をひそめていました。
たけし君の両手は、ひざをしっかりとにぎりしめていました。
いつまでも、じっとお皿のかれいを見つめていました。
ふとノートの切れはしに気がついて、
たけし君は目だけを動かして、それを読みました。
お母さんの置き手紙でした。
たけし君は、その時はじめてお母さんから手紙をもらいました。
声をださずに読みました。
『一人のお昼はつまらないでしょう。ごめんなさいね。
きょうは、かれいをやいておきましたよ。はいどうぞ、おあがり。』
と、書いてありました。
たけし君はそれを読むと、なにを思ったのか急に立ち上がりました。
せまい家のなかをかけて、カバンからえんぴつを取りだしました。
お母さんの置き手紙を、台所の板の間におき、
『はいどうぞ、おあがり。』と書いてあるそばに、
『いただきます。』と、書いたのです。
えんぴつがおれるほど力を入れて、ゆっくり書きました。
それから、たけし君はまたおはちの前にすわりました。
板の間は足がしびれるけれど、きちんとすわって、
ご飯を食べ、焼きがれいをつまみ、みそ汁を飲みました。
ご飯も焼がれいも、みそ汁も、もう冷えていたけど、
たけし君の胸はあつくなりました。
そのあついものは、次第に上へ上へと上がってきました。
頭がかーっとなって、おはちの上がかすんできました。
焼がれいが、お皿がなみだでかくれてしまいました。
ズボンにはなみだのしみがつきました。
それでもたけし君は食べるのをやめませんでした。
台所のかたすみで、小さなおはちの前にきちんとすわり、
ご飯茶わんを左手に、右手にはしをもって、
たけし君は声をたてずになきました。
なきながらお昼を食べました。
食べ終わるとたけし君は、なみだをふいて、
またえんぴつを握りました。
そして、あの置き手紙に、
今度は『ごちそう様でした。』と書いたのです。
えんぴつのしんがおれるほど力をいれて。
『いただきます。』
『はい、どうぞ、おあがり。』
『ごちそう様でした。』
と、書いてある手紙は、それからずうっと、
たけし君のズボンの後ポケットに入っています。
私はそれを見せてもらいました。
ポケットに入れていたから、もうだいぶしわくちゃになっていましたが、
お母さんの字とたけし君の字がありました。
私がそれをじっと見つめていると、
「おじさん、それからね」
と、たけし君は、また話を続けたのでした。
今度は、お父さんのことでした。
製鉄所をやめてから、たけし君のお父さんは、
ときどきお酒を飲むようになりました。
太陽がたけし君の学校の裏山にかくれるころ、
魚を売りにいったお父さんとお母さんは、
疲れきった顔をして帰ってきます。
いつもお母さんの方が先に帰ってきます。
それからしばらくしてお父さんが。
お父さんの方が遠くまで売りに行っているからおそいのです。
ところが、1ヶ月に1回か2回、
お母さんが帰って1時間がすぎても2時間がたっても、
お父さんの帰らない日があるのです。
そんなときは、必ず「たけし、父さんをさがしておいで。」
と、お母さんが言うのです。
とても怒っているようで、こわい顔なので、
たけし君は、「いやだよー。」と言えず、
暗くなった道を歩きだすのでした。
たけし君には、お父さんのいる所がだいたいわかっているのでした。
そこは、夜でも人でにぎわっている場所です。
お酒を飲んだ人が、肩を組みながら大声で歌をうたって歩いていたり、
ろじうらでおしっこをしている大人がいたり、
どこかの店からはレコードの歌が聞こえてきたりしています。
赤いちょうちんをぶらさげている店もあります。
よっぱらいばかりの所です。
たけし君はそんな所へ行くのでした。
たけし君は、お酒を飲んでいる人ばかりの店を、
一軒一軒のぞいて歩きます。
のれんをくぐり戸を開けると、決まって女の人が、
「いらっしゃい。」というのです。
子どもが入ってきたので、変な顔をしてたけし君を見るのです。
たけし君はそんなことを気にもしないで、店の中を見回します。
「お父さんはいないかなあ。」と思って。
そんなことを何軒かしていると、
お父さんをみつけることができます。
たけし君は、もうだいぶよっているお父さんのところに近づいて、
「父さん、帰ろうよ。」と言うのです。
お父さんは、なかなか帰ろうとしません。
たけし君は、よっぱらいばかりいる店がいやなので、早く帰りたくなります。
なんべん「帰ろう。」と言っても、お父さんは腰を上げてくれないので、
たけし君は、そこで大声をはり上げてなくのです。
すると、お父さんはしかたなく、店を出てくれるのでした。
店を出てからがまたたいへん。
なかなかまっすぐには歩いてくれません。
横へふらふら、前へよろよろ。
たけし君は、道路のわきにあるドブにおちやしないだろうかと心配で、
お父さんのうでを、両手で力いっぱいおさえながら、
家までつれて行くのでした。
しかし、いつもと違う日があったのです。
お酒を飲んでいるらしくお父さんの帰りがおそい日でした。
たけし君は、いやいやよっぱらいのいる店をさがし歩いていました。
お父さんはやはりお酒を飲んでいました。
その日だけは、「父さん。」と言うと、
「おう、帰ろう。」と、すぐに店を出てくれました。
やっぱりよっていました。
でも、そんなにふらふらしていないようでした。
たけし君は、お父さんのうでを両手でおさえながら歩きだしました。
すると、「きょうは、だいじょうぶだ。」と言って、
お父さんは、たけし君の前にしゃがみこんだのです。
たけし君には、それがなんだか、すぐにわかりました。
たけし君は、お父さんの背中にいそいで飛びつきました。
お父さんの首にしっかりとつかまりました。
ゆっくりとお父さんは立ち上がって歩きだしました。
大きな背中でした。
歩くたびに、たけし君の体はゆれました。
たけし君はお父さんの背中に顔をくっつけました。
お父さんの臭いがしました。
お酒の臭い、たばこの臭い、あせの臭い、そして魚の臭いもしました。
じっと目をとじて、たけし君はその臭いをすいました。
たけし君は、その臭いが大好きになりました。
大好きなお父さんの臭いを胸いっぱいにすって、
大きな背中にゆられながら、
たけし君とお父さんは夜道を帰ったのでした。
その大きな背中のぬくもりと臭いを、
たけし君は今もおぼえているそうです。
私は、赤いサルビアのそばで、
たけし君とお父さん、お母さんのすてきな話を、
ただうなずきながら聞きました。
最後にたけし君は、
「おじさん、ぼくはね、
さみしくなったときや泣きそうになったときにね、
お母さんの手紙をみることにしているんだ。
そして、ときどきはね、お父さんのそばにいって、
あの臭いをそっとかいでみるんだ。
するとね、いやなことも、つらいなあと思うことも、
がまんできるようになるんだ。」
と、言いました。
私とたけし君の後ろでは、
今も子供たちが野球をしながら、かん声をあげています。
そして、公園の花だんにはサルビア。
私はたけし君の目をしっかりと見て、
「たけし君、今にきっとまたもとのようにみんなたけし君と遊ぶようになるよ。
ひとりぼっちなんてもうじき終わりになるよ。
おじさんは絶対そうなると思うんだ。絶対に。
それまでそれまでたけし君、じっとがまんしよう、なあ。」
と、言いました。
言いながら、私は一日も早くその日が来ることをいのっていました。
たけし君は、またサルビアに目をうつし、
「うん。」と、力強く首をたてにふりました。
たけし君の目には、
真っ赤なサルビアが、いっぱいうつっていたのでした。
だて歴史の杜公園 ナナカマドの秋色