① 1月 某日
成人の日にドカ雪があった。
それまでの暖冬が、一気に真冬の景色に変わった。
その後、2週間は日中も氷点下のままが多かった。
雪かきが必要な朝が、たびたびあった。
厳しい寒さの日が続き、例年の冬に戻った感じで、
訳もなくホッとしていた。
ところが、2日続けて急に気温が上昇した。
北海道全域が同じ、
テレビニュースはしきりに落雪に注意を呼びかけた。
「雪解けが進みます。
屋根からの落雪に気をつけて下さい」
をくり返した。
しかし、当地は暖かさで、
落雪と共に別の事態が発生した。
大雪が降ると、住宅街の車道は、
市や委託業者の重機が除雪を行う。
なのに、先日のドカ雪では、
除雪をやり残したままのところが多かった。
我が家の前もそうだった。
除雪しないまま車が往来をくり返したため、
路面は圧雪され、平らになった。
その状態になると、例年同じことが必ず起きた。
路面の雪が急に解けると、ザックザック雪になるのだ。
そのため最悪の場合、
車はハンドルをとられ、動けなくなるのだ。
だから、「今からでも除雪をお願いします」。
1市民として、私は市役所にメールを送った。
市からは、案の定無反応だった。
そして、予測していた事態になってしまった。
2日間の暖かさで、ザックザック雪の車道には、
車輪の深いわだちができた。
ハンドルが効かないまま、車はわだちに沿って、
のろのろ運転を強いられた。
私も、車道から愛車を駐車場へ入れるのに、
そのわだちに難儀した。
翌日の朝食時に、電話が鳴った。
「会長、市役所へ頼んでくれよ。
俺の家だけでないんだ。
この道じゃ、隣近所みんな車出せなくて困ってるサ。
頼むよ!
昨日、何回も市に電話したけど、
除雪に来ないサ。
会長からも、頼んでくれないかな」。
実は、そんな電話を私は心待っていた気がする。
市へ出向く口実ができた。
「分かりました。
除雪してもらえるように、急いで陳情に行って来ます」。
朝食後、近隣地域を車で走りまわり、
道路状況の写真を撮った。
そして、市役所の開庁を待って、
除雪の担当課へ出向いた。
もう顔馴染みになった課内の面々に、
「お願いがあって」と口火を切った。
写真を見せるまでもなかった。
今日中には、
全域の除雪を済ませる約束をしてくれた。
午後、再び電話が鳴った。
「会長! 除雪車来たよ。
ありがとう。助かったわ」。
そして、深夜に今季2回目のドカ雪になった。
『Good Timing』に、胸を撫でた。
② 2月 某日
社会福祉協議会から研修会の案内が、
自治会長宛に届いた。
講演「避難所運営における地域の役割について」
とあり、出席を決めた。
会場には60人程度がいた。
講師は、市危機管理課長だった。
最近は、どこでも誰でも、
パワーポイントを使いプロジェクターで、
スクリーンに文字などの画像を示しながら
講演するスタイルが定番になっている。
今回も同様のスタイルだった。
講演内容は違っても、テンションは同じ感じ。
それだけで私の興味、いつも半減した。
だからか、今回は心に残ったことが2つだけだった。
1つは、『正常性バイアス』と言う聞き慣れない言葉だ。
「この程度の雨なら、去年も降ったさ、大丈夫!」
「え!津波? ここまで来ねぇって。大丈夫だ!」
と言った根拠もない安全への思い込みを言うらしい。
この心理が、大災害に対する無視や過小評価につながり、
遂には逃げ遅れの原因になると講師は強調した。
聞きながら、ふと3、11の翌朝を思い出した。
あの日、私の学校は『帰宅困難者』の避難所になった。
校長として経験のない状況下で、
職員と力を合わせ150人以上の方を受け入れ、
不安と緊張の一夜を過ごした。
翌朝、鉄道各社は次々と運転を再開した。
避難した方も次々と帰宅の途に着いた。
ところが、若い夫婦2人だけは帰ろうとしなかった。
2人は、学校の近所から避難してきていた。
帰宅しない理由を、
「またあんな大きな地震が来るかも、怖くて帰れない」
と言う。
帰宅してもらうまでに長時間の説得が必要だった。
講演を聴きながら、
「あの時の2人の心理は、『正常性バイアス』とは
真逆だったのでは」
と思った。
そして、災害時の心理状況の複雑さに想いを馳せながら、
パワーポイントのスクリーンを呆然と見続けた。
さて、もう1つは段ボールベッドだ。
今や、避難所に欠かせないアイテムになった物だ。
市危機管理課は、訓練や研修会のたびに、
このベッドの作成体験を企画する。
今回も、出席者数人に体験させ、
私らはそれを見学した。
講演の最後に課長は訊いた。
「このベッドはいくらすると思いますか」
私は、「2000円と思う方?」に胸を張って挙手をした。
しかし、「15000円以上と思う方」が正解だった。
人それぞれ、価値観に違いがあっていい。
しかし、どんなに強靱でも段ボールだけでできたベッドである。
その高額に驚いたのは私だけだろうか。
その上、このベットを市は60数個備蓄していると言う。
その少なさに唖然としたが、課長は堂々と
「少ないけど、近隣の市などと協定を結び、
災害時には借りることができます」
「近隣の市はどれだけ備蓄しているんですか?」
思い切って質問しようした。
不安をあおるだけになる気がして、
止めてしまった。
お気に入りの散歩道2 暖冬
成人の日にドカ雪があった。
それまでの暖冬が、一気に真冬の景色に変わった。
その後、2週間は日中も氷点下のままが多かった。
雪かきが必要な朝が、たびたびあった。
厳しい寒さの日が続き、例年の冬に戻った感じで、
訳もなくホッとしていた。
ところが、2日続けて急に気温が上昇した。
北海道全域が同じ、
テレビニュースはしきりに落雪に注意を呼びかけた。
「雪解けが進みます。
屋根からの落雪に気をつけて下さい」
をくり返した。
しかし、当地は暖かさで、
落雪と共に別の事態が発生した。
大雪が降ると、住宅街の車道は、
市や委託業者の重機が除雪を行う。
なのに、先日のドカ雪では、
除雪をやり残したままのところが多かった。
我が家の前もそうだった。
除雪しないまま車が往来をくり返したため、
路面は圧雪され、平らになった。
その状態になると、例年同じことが必ず起きた。
路面の雪が急に解けると、ザックザック雪になるのだ。
そのため最悪の場合、
車はハンドルをとられ、動けなくなるのだ。
だから、「今からでも除雪をお願いします」。
1市民として、私は市役所にメールを送った。
市からは、案の定無反応だった。
そして、予測していた事態になってしまった。
2日間の暖かさで、ザックザック雪の車道には、
車輪の深いわだちができた。
ハンドルが効かないまま、車はわだちに沿って、
のろのろ運転を強いられた。
私も、車道から愛車を駐車場へ入れるのに、
そのわだちに難儀した。
翌日の朝食時に、電話が鳴った。
「会長、市役所へ頼んでくれよ。
俺の家だけでないんだ。
この道じゃ、隣近所みんな車出せなくて困ってるサ。
頼むよ!
昨日、何回も市に電話したけど、
除雪に来ないサ。
会長からも、頼んでくれないかな」。
実は、そんな電話を私は心待っていた気がする。
市へ出向く口実ができた。
「分かりました。
除雪してもらえるように、急いで陳情に行って来ます」。
朝食後、近隣地域を車で走りまわり、
道路状況の写真を撮った。
そして、市役所の開庁を待って、
除雪の担当課へ出向いた。
もう顔馴染みになった課内の面々に、
「お願いがあって」と口火を切った。
写真を見せるまでもなかった。
今日中には、
全域の除雪を済ませる約束をしてくれた。
午後、再び電話が鳴った。
「会長! 除雪車来たよ。
ありがとう。助かったわ」。
そして、深夜に今季2回目のドカ雪になった。
『Good Timing』に、胸を撫でた。
② 2月 某日
社会福祉協議会から研修会の案内が、
自治会長宛に届いた。
講演「避難所運営における地域の役割について」
とあり、出席を決めた。
会場には60人程度がいた。
講師は、市危機管理課長だった。
最近は、どこでも誰でも、
パワーポイントを使いプロジェクターで、
スクリーンに文字などの画像を示しながら
講演するスタイルが定番になっている。
今回も同様のスタイルだった。
講演内容は違っても、テンションは同じ感じ。
それだけで私の興味、いつも半減した。
だからか、今回は心に残ったことが2つだけだった。
1つは、『正常性バイアス』と言う聞き慣れない言葉だ。
「この程度の雨なら、去年も降ったさ、大丈夫!」
「え!津波? ここまで来ねぇって。大丈夫だ!」
と言った根拠もない安全への思い込みを言うらしい。
この心理が、大災害に対する無視や過小評価につながり、
遂には逃げ遅れの原因になると講師は強調した。
聞きながら、ふと3、11の翌朝を思い出した。
あの日、私の学校は『帰宅困難者』の避難所になった。
校長として経験のない状況下で、
職員と力を合わせ150人以上の方を受け入れ、
不安と緊張の一夜を過ごした。
翌朝、鉄道各社は次々と運転を再開した。
避難した方も次々と帰宅の途に着いた。
ところが、若い夫婦2人だけは帰ろうとしなかった。
2人は、学校の近所から避難してきていた。
帰宅しない理由を、
「またあんな大きな地震が来るかも、怖くて帰れない」
と言う。
帰宅してもらうまでに長時間の説得が必要だった。
講演を聴きながら、
「あの時の2人の心理は、『正常性バイアス』とは
真逆だったのでは」
と思った。
そして、災害時の心理状況の複雑さに想いを馳せながら、
パワーポイントのスクリーンを呆然と見続けた。
さて、もう1つは段ボールベッドだ。
今や、避難所に欠かせないアイテムになった物だ。
市危機管理課は、訓練や研修会のたびに、
このベッドの作成体験を企画する。
今回も、出席者数人に体験させ、
私らはそれを見学した。
講演の最後に課長は訊いた。
「このベッドはいくらすると思いますか」
私は、「2000円と思う方?」に胸を張って挙手をした。
しかし、「15000円以上と思う方」が正解だった。
人それぞれ、価値観に違いがあっていい。
しかし、どんなに強靱でも段ボールだけでできたベッドである。
その高額に驚いたのは私だけだろうか。
その上、このベットを市は60数個備蓄していると言う。
その少なさに唖然としたが、課長は堂々と
「少ないけど、近隣の市などと協定を結び、
災害時には借りることができます」
「近隣の市はどれだけ備蓄しているんですか?」
思い切って質問しようした。
不安をあおるだけになる気がして、
止めてしまった。
お気に入りの散歩道2 暖冬