ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

またひとり 旅立つ

2019-04-20 20:20:09 | 思い
 伊達に本格的な春がやってきた。
一緒に、71才になった。
 日常に大きな変化はない。
なのに、この機を逃さず、
「小さなことでもいい、脱皮を試みよう。」
 そんな心境になった。

 その第1歩は、このブログだ。
「ブロク、読んでるよ。」
 先日も、散歩で出逢った方が声をかけてくれた。
その一言が、励みになる。
 ところが、そんな声に混じって、時折、こんな言葉が聞こえる。
「長すぎる!」「もっと短くしては!」
 「その方が読みやすいよ。」

 謙虚さを無くし、その助言を無視してきた。
それには、
「少し長めの原稿を通して、思いを表してみたい。」
 そんな欲求があったから。

 でも今は、素直。
できるだけコンパクトに、見えたこと、聞こえたこと、
心に止まったことなどを、私らしく記してみようと決めた。
 ただ、そのやり方が、
行き詰まらないことを祈ってはいる。

 さて、今回は、伊達に移住していち早く、
親しく声をかけてくれた近所のご主人のことだ。

 首都圏から運転してきたマイカーを、
寒冷地仕様に買い換えようとした時だ。

 「ずっと車関係の仕事をしてきたんだ。俺に任せろ。」    
退職して数年になると言いながら、そのご主人は、
数日後、トヨタの販売員を連れて、やってきた。

 私が、希望車種を伝えると、
そのベテランの販売員は、電卓をしきりに叩いた。
 そして、ご主人を気にしながら、販売価格を提示した。

 「そんな値段じゃ、買えないなあ。」
私ではない。ご主人が即答した。
 販売員は、ビックリ顔になった。

 私は、その提示価格をのぞき込んだ。
準備していた購入額より、はるかに安かった。
 私も、ビックリ顔になった。

 その後、さらに値引した価格提示が2度くり返された。
私は、その値でもう十分だった。

 販売員は、弱りきった表情で言った。
「これ以上の値引きは無理です。」 
 「分かりました。その値段で・・。」
そこまで、私が言った時だ。

 「黙ってろ。こっちは客なんだから・・。」
ご主人は、私にそう言うと、販売員の顔をジロッと見た。
 「もう少し、なんとかなるべサ。」
販売員は、再び電卓を叩いた。
 最終価格は、驚きの安値だった。

 マイカーの買い換えだけでなかった。
慣れない庭仕事で、雑草取りに手間取った。

 「見ていろ。こうやってやるんだ。」
ご自宅の車庫から、庭仕事の道具を持ち出し、
手取り足取りで教えてくれた。
 我が家の庭から、すっかりスギナが消えた。

 冬になると、
「雪道の運転で、気をつけることはなあ・・・」
そう言って、急ハンドル、急ブレーキ、急発進の危険性を、
私にも家内にも、くり返し教えてくれた。

 そうやって慣れない伊達の暮らしに、
いつも心をさいてくれた。

 そのご主人が、肺炎で長期入院をしたのは、
5年前だったろうか。
 ひとまわり体が小さく見えた。

 それから、1年余り後、今度は喉頭癌が見つかった。
手術の前日、
「声を取られても、命を取られるよりかはマシだべ。」
強気にそう言って、笑った。
 無事手術を終え、退院後は元気に散歩する姿があった。

 ところが、次第次第に活気を無くしていった。
言葉がない暮らしが、影響したのかどうか・・・。
 私には分からない。

 やがて、外での姿が消えた。
デーサービスの迎車に乗り込むようになった。
 いつしか車いすでの乗り降りになった。
そして、1年前位からは入院生活のままに・・。

 時折、奥さんが
「頂き物なんだけど、食べて・・。」
と、野菜や海産物を持ってきた。
 そんな折りに、ご主人の様子を尋ねた。

 その様子を知る度に、
私も家内も暗い気持ちのまま、その日を過ごした。

 だが、それは突然だった。
つい最近の午後だ。
 ご自宅前に、何台もの乗用車があった。

 胸騒ぎがした。
何度も窓越しに様子をうかがった。
 すると、お坊さん風の方が玄関から出てきた。
その後、何人もの方が、肩を落とし、ご自宅を後にした。

 もう我慢できなかった。
ご自宅を訪ねた。
 昼過ぎ、入院先から病状急変の知らせがあった。
それから、1時間余りで息をひきとったと言う。

 奥の間で、静かに眠るご主人の小さな姿があった。
「まだ逝くの、早いのに・・。」
「そんなに早く逝かなくても・・・・。」
 何度も何度も声になっていた。

 「ご主人は、思ったことはすぐに口にした。
すぐに動き出した。心のある方だった。」
 そう言いながら、畳に涙のシミをいくつもつくってしまった。

 享年79歳。
北の大地で生きた強い人が、またひとり旅立った。
                      合 掌




   今年も咲いた 『キバナノアマナ』 
コメント
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