今年(2014年)はシェークスピア生誕450年の節目。
こんな話が語れるといいと思った一つ。
お話しの限界からすると、20分程度以内におさめられたらいいと思いつつ・・・。
多彩な人物がでてきて捨てがたいが、そこをやむをえず、割愛してみました。
シェークスピア劇を見たり、読んでみたいというきっかけになればというところです。
<ベニスの商人>
アントーニオは、ベニスに住む裕福な商人でした。その船はほとんど世界中と取引をしていたのです。自分の富をほこってはいましたが、アントーニオは富をおしげもなく使い、友人たちが困っていると気前よく援助していました。友人の中でとくに親しいのはバッサーニオという貴族でした。バッサーニオは、親譲りの財産はわずかで、派手な暮らしのためいつも貧しく、困ったときはいつもアントーニオにたすけてもらっていました。
ある日、バッサーニオがアントーニオのところにきて、いいだすには、
「ベルモントに、莫大な遺産を相続したポーシャという女性がいる。世界中からいたるところから、名のある者が結婚の申し込みにやってくる。ポーシャは金持ちであるばかりか、美しく気立てもいいかただ。この前あった時、わたしは好意を持って見てもらえた。彼女が住んでいるベルモントへいく金さえあれば、私はライバルたちをおしのけて、その愛をかちとる自信があるのだが。」
アントーニオにはそのとき持ち合わせがありませんでした。「わたしの財産は全部、海に出て行ってしまっていて、手元に金がない。けれど運のいいことに、わたしはベニスで信用がある。君に必要なだけ借りてあげよう」。
そのころベニスに、シャイロックという名の裕福な金貸しがすんでいました。高利で金を貸しつけてはもうけます。薄情者で、借金のとりたてもきびしいので、みんなに嫌われていました。
アントーニオはシャイロックが大嫌いで、たいそう軽蔑し、このうえなくあらっぽくとりあつかい、このうえない侮辱をしたのでした。
シャイロックは、どんな侮辱的なあしらいにも、肩をすくめて、じっと耐えていました。しかし、心の奥では、裕福なとりしましたアントーニオに仕返ししたいという気持ちをいだいていたのです。
だからバッサーニオとアントーニオがやってきて、三千ダカットの金を3か月、貸してくれとたのんだとき、シャイロックは自分の憎しみをかくし、アントーニオに向かってこういいました。
「あんたは、これまでわしを手荒にあつかってきなさったが、わしはあんたと仲良くしたいんでね。恥かかされたことなんて忘れて、ご用立てしますとも。しかも無利子でね」
いかにも親切めかした申し出にアントーニオはびっくりです。シャイロックが親切ごかしでつづけるのに
「これもただ、あなたの愛がほしければこそ。このとおり三千ダカット。利息はなし。ただ万一返せなかったときには、あなたの体の肉一ポンドいただくってはどうです?。それもわしの好きな場所から切り取っていいってことにしていただきたいんだが」
アントーニオは冗談のつもりで承知しました。「よかろう喜んで借用証書にサインをしよう。」
バッサーニオはそんな危険な証文にサインするなといいましたが、アントーニオは「なあに、おそれることはないさ。借金の期限が来る1か月もまえに、わたしの船がもどってくるさ。」といいはりました。
こうして、バッサーニオは、ベルモントに行って、ポーシャに求婚する金を手に入れました。
バッサーニオが旅だったちょうどその晩、シャイロックのかわいい娘、ジェシカが恋人と手に手をとって父の家から逃げました。ジェシカは、父のたくわえのなかから、金貨や宝石のはいった袋をいくつか持ち出したのです。
シャイロックの嘆きと怒りは、みるもおそろしいものでした。娘への愛情は、憎しみにかわりました。
「宝石を身につけた娘が、わしの足元で死ねばいい。」
いっぽう、バッサーニオはベルモントに着き、美しいポーシャの家を訪れていました。ポーシャの富と美しさのうわさをきいて、いたるところから結婚を申し込む者がやってきていました。
ポーシャは、父親の遺言通りにすると誓う求婚者しか受け入れないという返事をしました。おおぜいの熱心な求婚者たちがおどろいて帰ってしまうような条件でした。というのはポーシャの心と手を勝ちうるものは、三つの箱のなかからポーシャの肖像画がはいっている箱をあてなければならないのです。正しくあてれば、ポーシャはその者の花嫁になる、まちがえた者は、今後誰に対しても結婚を申し込まない。また自分がどの箱をえらんだかけっしていわないという誓いをたてたうえ、すぐ立ち去らなければならないというものでした。
箱は金、銀、銅でできていて、金の箱には「わたしをえらんだ者には、多くの男がほしいものをあげよう」
銀の箱には「わたしをえらんだ者には、その者にふさわしいだけのものをあげよう」
そして、鉛の箱には「わたしをえらんだ者は、持てるものすべてを出して、運試しをしなければならぬ。」という言葉がきざんでありました。
勇敢なモロッコ王は、このテストをうける最初のグループに入っていました。王はいやしい鉛も銀も、ポーシャの肖像画にはふさわしくないと思い金の箱をえらびました。箱の中には、多くの男がのぞむものーどくろが、入っていたのです。
その次には、ごうまんなアラゴン王がえらんだ銀の箱には、道化師の頭がはいっていました。
「わたしは、道化師の頭にすぎないのか?」と王はさけびました。
しまいに、バッサーニオがやってきました。ポーシャはまちがったえらびかたをするかもしれないとおそれて、バッサーニオの箱えらびを、引き延ばせるものなら、引き延ばしたいと思いました。ポーシャもバッサーニオの人柄にほれこんでいたのです。
「しかし、」とバッサーニオはいいました。「いますぐわたしにえらばせてください。こうしていても拷問のような苦しみを味わうだけですから。」
バッサーニオは宣誓をし、箱のほうに歩み寄りました。
「ただ見かけだけでえらぶのは、軽蔑すべきことだ。世の人びとは、相変わらず装飾品にまどわされている。けばけばしい金や、キラキラ光る銀は、わたしにふさわしくない。わたしは鉛の箱をえらぶ。結果が喜びでありますように!」
鉛の箱をあけてみると、なかにはポーシャの肖像画がはいっていました。バッサーニオはポーシャのほうをむき、あなたがわたしのものであるのはまことですか、とたずねました。
「そうです。」とポーシャはいいました。「わたし自身も、わたしの持ち物もいまではあなたのものに変わりました。この屋敷もあなたのものです。この指輪と一緒に納め下さいませ」そういってバッサニーニオに指輪をひとつ贈りました。
バッサーニオは、金持ちで気品あるポーシャが、財産もない自分を受け入れてくれたことに感激して、口もろくにきけなありさまです。この指輪は、けっしててばなさないぞと彼は誓いました。
そのとき、バッサーニオのすべての幸せが、悲しみで打ち砕かれてしまいました。ベニスからの使者がやってきて、アントーニオの船が嵐で難破し、シャイロックが借用証書に書かれていることを実行するよう求めているというのです。
ポーシャは、夫となる人の友人にふりかかった危険のことをきいて、バッサーニオとおなじくらい心を痛めました。
「まず、わたしを教会につれていって、あなたの妻にしてください。それからすぐ、あなたのお友だちを助けるために、ベニスにいらしてください。お友だちが髪の毛一本でもなくさないうちに、二十倍でも払ってやってくださいませ。お立ちになるまえに結婚してしまえば、わたしのお金はあなたのものですから」
けれど、結婚したての夫がいってしまうと、ポーシャはアントーニオの身の上が心配で、法律家に変装してその後をおいました。そして、有名な法律家ベラーリオにベニスの公爵あての紹介状を書いてもらいました。
ベラーリオはベニスの公爵が、シャイロックがアントーニオの肉一ポンドを要求したことから起きた法律的な問題に決着をつけるため、よんでおいたのでした。
バッサーニオはシャイロックに、もし要求をとりさげるなら、借りた金の二倍の金額を提供するといいましたが、シャイロックはどうしてもアントーニオの肉一ポンドでなければと言い張ります。
裁判の当日、変装したポーシャが到着しました。夫でさえも、その変装を見破れませんでした。公爵は偉大なベラーリオの紹介のため、ポーシャを歓迎し、この事件の裁きを若い法律家にまかせました。
ポーシャは、高潔な言葉でもって、シャイロックに慈悲をもてと命じます。しかしシャイロックは、ポーシャの懇願にもきく耳をもたず「わしは肉をいただきます」というのが返事でした。
シャイロックがナイフを研いでいるあいだ、ポーシャはアントーニオたずねました。
「なにかもうしのこすことはないか」
アントーニオは落ち着いてこたえました。
「なにもいうことはありません。死は覚悟しております。バッサーニオおさらばだ。この不運を悲しまないでくれ。立派な奥さんによろしく。」
ポーシャは「肉の重さをはかる秤の用意はできたか」とたずね、さらに「シャイロックよ、医者も必要だろう。出血で死ぬかもしれないから」とはなしました。
シャイロックはアントーニオを殺すつもりでしたから、その答えはこうでした。「証文にはそんなことは書いてありません」
ポーシャが「証文にはないが、それくらいの慈悲はかけてやるものだ」とさとしても、シャイロックは証文にないとの一点張りです。
「ならば、アントーニオの肉一ポンドをそなたに与える。法律によって保障された権利だ」
「お若いのに、このうえなく正しいお裁きだ!」
シャイロックはさらにナイフを研ぎ、アントーニオに「覚悟はよいか。」と糺しました。
「ちょっと待て。」ポーシャがさえぎりました。「この借用証書には一ポンドの肉とあるだけで、血は一滴もやると書いてないぞ。万一一滴でも血を流せば、そなたの財産は国に没収だ。」
そんなことはもとより不可能です。
シャイロックは残酷なもくろみが失敗したことがわかると、がっかりした様子で、金をせびりました。
「では、バッサーニオの申し出を受けることにいたします。」
「だめだ。」ポーシャはきびしい声でいいました。
「そなたには借用証書に書かれたもの以外は与えることができぬ。そなたのいうように、肉を一ポンド切り取れ。だが忘れるなよ。少しでも多すぎたり少なすぎたりすれば、たとえそれが髪一本の重さにしても、そなたは財産と命を失うだろう。」
シャイロックは、いまはもう、すっかりおそろしくなっていました。
「わしが奴に貸した三千ダカットをください。そしてやつを釈放してやりましょう。」
バッサーニオが金を払おうとしましたが、ポーシャがそれをさえぎり、「シャイロック、まだ申すことがある。そなたはベニスの市民の命をとろうとした。ベニスの法により、そなたの財産は没収。生命だけは公爵様のおぼしめしに任せる。ひざまずいて、公爵の許しを乞うがよい。」
こうして形勢は逆転しました。アントーニオがいなかったら、シャイロックは、情けある取り計らいをまったくしてもらえなかったろう。公爵がくだした判決は、金貸しの財産の半分は国家に没収し、もう半分は、アントーニオがあずかって、シャイロックが死んだのち、娘の夫にまかせることになったのです。これで、シャイロックは満足しなければならなりませんでした。
バッサーニオは、かしこい法律家に感謝するため、お礼をしようとしましたが、どうしてもともとめられるまま、妻がくれ、いつもはめていると約束した指輪をぬいて、法律家にわたしてしまいました。
ベルモントにかえると、バッサーニオが指輪をしていないことに、ポーシャはひどく腹をたてたように「どこかの女にやったにちがいありませんわ」と皮肉をいいました。
バッサーニオは妻の機嫌をそこねて、気が気ではありません。
しかし、アントーニオのとりなしで、とうとうポーシャは、法律家に変装してアントーニオの命を救い、また指輪をとりあげたのはわたしですわ、と夫に話しました。
バッサーニオは、妻の勇気と知恵でアントーニオが救われたと知って、おどろいたり喜んだりでした。
ポーシャはあらためてアントーニオを歓迎し手紙をわたしました。偶然ポーシャが手に入れたその手紙には、難破したと思ったアントーニオの船が無事、港に着いたと書かれていました。
こうして、ベニスの商人の物語は、悲劇にはじまりながら、思いがけない幸運続きで、めでだしめでたしとなりました。
(2014.12.13 3稿)
こんな話が語れるといいと思った一つ。
お話しの限界からすると、20分程度以内におさめられたらいいと思いつつ・・・。
多彩な人物がでてきて捨てがたいが、そこをやむをえず、割愛してみました。
シェークスピア劇を見たり、読んでみたいというきっかけになればというところです。
<ベニスの商人>
アントーニオは、ベニスに住む裕福な商人でした。その船はほとんど世界中と取引をしていたのです。自分の富をほこってはいましたが、アントーニオは富をおしげもなく使い、友人たちが困っていると気前よく援助していました。友人の中でとくに親しいのはバッサーニオという貴族でした。バッサーニオは、親譲りの財産はわずかで、派手な暮らしのためいつも貧しく、困ったときはいつもアントーニオにたすけてもらっていました。
ある日、バッサーニオがアントーニオのところにきて、いいだすには、
「ベルモントに、莫大な遺産を相続したポーシャという女性がいる。世界中からいたるところから、名のある者が結婚の申し込みにやってくる。ポーシャは金持ちであるばかりか、美しく気立てもいいかただ。この前あった時、わたしは好意を持って見てもらえた。彼女が住んでいるベルモントへいく金さえあれば、私はライバルたちをおしのけて、その愛をかちとる自信があるのだが。」
アントーニオにはそのとき持ち合わせがありませんでした。「わたしの財産は全部、海に出て行ってしまっていて、手元に金がない。けれど運のいいことに、わたしはベニスで信用がある。君に必要なだけ借りてあげよう」。
そのころベニスに、シャイロックという名の裕福な金貸しがすんでいました。高利で金を貸しつけてはもうけます。薄情者で、借金のとりたてもきびしいので、みんなに嫌われていました。
アントーニオはシャイロックが大嫌いで、たいそう軽蔑し、このうえなくあらっぽくとりあつかい、このうえない侮辱をしたのでした。
シャイロックは、どんな侮辱的なあしらいにも、肩をすくめて、じっと耐えていました。しかし、心の奥では、裕福なとりしましたアントーニオに仕返ししたいという気持ちをいだいていたのです。
だからバッサーニオとアントーニオがやってきて、三千ダカットの金を3か月、貸してくれとたのんだとき、シャイロックは自分の憎しみをかくし、アントーニオに向かってこういいました。
「あんたは、これまでわしを手荒にあつかってきなさったが、わしはあんたと仲良くしたいんでね。恥かかされたことなんて忘れて、ご用立てしますとも。しかも無利子でね」
いかにも親切めかした申し出にアントーニオはびっくりです。シャイロックが親切ごかしでつづけるのに
「これもただ、あなたの愛がほしければこそ。このとおり三千ダカット。利息はなし。ただ万一返せなかったときには、あなたの体の肉一ポンドいただくってはどうです?。それもわしの好きな場所から切り取っていいってことにしていただきたいんだが」
アントーニオは冗談のつもりで承知しました。「よかろう喜んで借用証書にサインをしよう。」
バッサーニオはそんな危険な証文にサインするなといいましたが、アントーニオは「なあに、おそれることはないさ。借金の期限が来る1か月もまえに、わたしの船がもどってくるさ。」といいはりました。
こうして、バッサーニオは、ベルモントに行って、ポーシャに求婚する金を手に入れました。
バッサーニオが旅だったちょうどその晩、シャイロックのかわいい娘、ジェシカが恋人と手に手をとって父の家から逃げました。ジェシカは、父のたくわえのなかから、金貨や宝石のはいった袋をいくつか持ち出したのです。
シャイロックの嘆きと怒りは、みるもおそろしいものでした。娘への愛情は、憎しみにかわりました。
「宝石を身につけた娘が、わしの足元で死ねばいい。」
いっぽう、バッサーニオはベルモントに着き、美しいポーシャの家を訪れていました。ポーシャの富と美しさのうわさをきいて、いたるところから結婚を申し込む者がやってきていました。
ポーシャは、父親の遺言通りにすると誓う求婚者しか受け入れないという返事をしました。おおぜいの熱心な求婚者たちがおどろいて帰ってしまうような条件でした。というのはポーシャの心と手を勝ちうるものは、三つの箱のなかからポーシャの肖像画がはいっている箱をあてなければならないのです。正しくあてれば、ポーシャはその者の花嫁になる、まちがえた者は、今後誰に対しても結婚を申し込まない。また自分がどの箱をえらんだかけっしていわないという誓いをたてたうえ、すぐ立ち去らなければならないというものでした。
箱は金、銀、銅でできていて、金の箱には「わたしをえらんだ者には、多くの男がほしいものをあげよう」
銀の箱には「わたしをえらんだ者には、その者にふさわしいだけのものをあげよう」
そして、鉛の箱には「わたしをえらんだ者は、持てるものすべてを出して、運試しをしなければならぬ。」という言葉がきざんでありました。
勇敢なモロッコ王は、このテストをうける最初のグループに入っていました。王はいやしい鉛も銀も、ポーシャの肖像画にはふさわしくないと思い金の箱をえらびました。箱の中には、多くの男がのぞむものーどくろが、入っていたのです。
その次には、ごうまんなアラゴン王がえらんだ銀の箱には、道化師の頭がはいっていました。
「わたしは、道化師の頭にすぎないのか?」と王はさけびました。
しまいに、バッサーニオがやってきました。ポーシャはまちがったえらびかたをするかもしれないとおそれて、バッサーニオの箱えらびを、引き延ばせるものなら、引き延ばしたいと思いました。ポーシャもバッサーニオの人柄にほれこんでいたのです。
「しかし、」とバッサーニオはいいました。「いますぐわたしにえらばせてください。こうしていても拷問のような苦しみを味わうだけですから。」
バッサーニオは宣誓をし、箱のほうに歩み寄りました。
「ただ見かけだけでえらぶのは、軽蔑すべきことだ。世の人びとは、相変わらず装飾品にまどわされている。けばけばしい金や、キラキラ光る銀は、わたしにふさわしくない。わたしは鉛の箱をえらぶ。結果が喜びでありますように!」
鉛の箱をあけてみると、なかにはポーシャの肖像画がはいっていました。バッサーニオはポーシャのほうをむき、あなたがわたしのものであるのはまことですか、とたずねました。
「そうです。」とポーシャはいいました。「わたし自身も、わたしの持ち物もいまではあなたのものに変わりました。この屋敷もあなたのものです。この指輪と一緒に納め下さいませ」そういってバッサニーニオに指輪をひとつ贈りました。
バッサーニオは、金持ちで気品あるポーシャが、財産もない自分を受け入れてくれたことに感激して、口もろくにきけなありさまです。この指輪は、けっしててばなさないぞと彼は誓いました。
そのとき、バッサーニオのすべての幸せが、悲しみで打ち砕かれてしまいました。ベニスからの使者がやってきて、アントーニオの船が嵐で難破し、シャイロックが借用証書に書かれていることを実行するよう求めているというのです。
ポーシャは、夫となる人の友人にふりかかった危険のことをきいて、バッサーニオとおなじくらい心を痛めました。
「まず、わたしを教会につれていって、あなたの妻にしてください。それからすぐ、あなたのお友だちを助けるために、ベニスにいらしてください。お友だちが髪の毛一本でもなくさないうちに、二十倍でも払ってやってくださいませ。お立ちになるまえに結婚してしまえば、わたしのお金はあなたのものですから」
けれど、結婚したての夫がいってしまうと、ポーシャはアントーニオの身の上が心配で、法律家に変装してその後をおいました。そして、有名な法律家ベラーリオにベニスの公爵あての紹介状を書いてもらいました。
ベラーリオはベニスの公爵が、シャイロックがアントーニオの肉一ポンドを要求したことから起きた法律的な問題に決着をつけるため、よんでおいたのでした。
バッサーニオはシャイロックに、もし要求をとりさげるなら、借りた金の二倍の金額を提供するといいましたが、シャイロックはどうしてもアントーニオの肉一ポンドでなければと言い張ります。
裁判の当日、変装したポーシャが到着しました。夫でさえも、その変装を見破れませんでした。公爵は偉大なベラーリオの紹介のため、ポーシャを歓迎し、この事件の裁きを若い法律家にまかせました。
ポーシャは、高潔な言葉でもって、シャイロックに慈悲をもてと命じます。しかしシャイロックは、ポーシャの懇願にもきく耳をもたず「わしは肉をいただきます」というのが返事でした。
シャイロックがナイフを研いでいるあいだ、ポーシャはアントーニオたずねました。
「なにかもうしのこすことはないか」
アントーニオは落ち着いてこたえました。
「なにもいうことはありません。死は覚悟しております。バッサーニオおさらばだ。この不運を悲しまないでくれ。立派な奥さんによろしく。」
ポーシャは「肉の重さをはかる秤の用意はできたか」とたずね、さらに「シャイロックよ、医者も必要だろう。出血で死ぬかもしれないから」とはなしました。
シャイロックはアントーニオを殺すつもりでしたから、その答えはこうでした。「証文にはそんなことは書いてありません」
ポーシャが「証文にはないが、それくらいの慈悲はかけてやるものだ」とさとしても、シャイロックは証文にないとの一点張りです。
「ならば、アントーニオの肉一ポンドをそなたに与える。法律によって保障された権利だ」
「お若いのに、このうえなく正しいお裁きだ!」
シャイロックはさらにナイフを研ぎ、アントーニオに「覚悟はよいか。」と糺しました。
「ちょっと待て。」ポーシャがさえぎりました。「この借用証書には一ポンドの肉とあるだけで、血は一滴もやると書いてないぞ。万一一滴でも血を流せば、そなたの財産は国に没収だ。」
そんなことはもとより不可能です。
シャイロックは残酷なもくろみが失敗したことがわかると、がっかりした様子で、金をせびりました。
「では、バッサーニオの申し出を受けることにいたします。」
「だめだ。」ポーシャはきびしい声でいいました。
「そなたには借用証書に書かれたもの以外は与えることができぬ。そなたのいうように、肉を一ポンド切り取れ。だが忘れるなよ。少しでも多すぎたり少なすぎたりすれば、たとえそれが髪一本の重さにしても、そなたは財産と命を失うだろう。」
シャイロックは、いまはもう、すっかりおそろしくなっていました。
「わしが奴に貸した三千ダカットをください。そしてやつを釈放してやりましょう。」
バッサーニオが金を払おうとしましたが、ポーシャがそれをさえぎり、「シャイロック、まだ申すことがある。そなたはベニスの市民の命をとろうとした。ベニスの法により、そなたの財産は没収。生命だけは公爵様のおぼしめしに任せる。ひざまずいて、公爵の許しを乞うがよい。」
こうして形勢は逆転しました。アントーニオがいなかったら、シャイロックは、情けある取り計らいをまったくしてもらえなかったろう。公爵がくだした判決は、金貸しの財産の半分は国家に没収し、もう半分は、アントーニオがあずかって、シャイロックが死んだのち、娘の夫にまかせることになったのです。これで、シャイロックは満足しなければならなりませんでした。
バッサーニオは、かしこい法律家に感謝するため、お礼をしようとしましたが、どうしてもともとめられるまま、妻がくれ、いつもはめていると約束した指輪をぬいて、法律家にわたしてしまいました。
ベルモントにかえると、バッサーニオが指輪をしていないことに、ポーシャはひどく腹をたてたように「どこかの女にやったにちがいありませんわ」と皮肉をいいました。
バッサーニオは妻の機嫌をそこねて、気が気ではありません。
しかし、アントーニオのとりなしで、とうとうポーシャは、法律家に変装してアントーニオの命を救い、また指輪をとりあげたのはわたしですわ、と夫に話しました。
バッサーニオは、妻の勇気と知恵でアントーニオが救われたと知って、おどろいたり喜んだりでした。
ポーシャはあらためてアントーニオを歓迎し手紙をわたしました。偶然ポーシャが手に入れたその手紙には、難破したと思ったアントーニオの船が無事、港に着いたと書かれていました。
こうして、ベニスの商人の物語は、悲劇にはじまりながら、思いがけない幸運続きで、めでだしめでたしとなりました。
(2014.12.13 3稿)