昨日は、二俣川から三ツ境まで往復して歩きました。
途中聴いたのは、1857年生まれのラザーリの作品。
オーストリア帝国出身の彼は、フランスに帰化した作曲家である。
イタリア人の父とオーストリア人の母の間に生まれた彼は、
最初法学を学び、弁護士となったが、ショーソンなどと親交を深め、
グノーに才能を認められ、パリ音楽院に入学し、作曲科で学んだ。
既に歌曲や室内楽曲などの作品を発表し、成功を収めていたが、
やがてフランクの影響を受けつつ、管弦楽曲でも様々な作品を残した。
交響的音画「夜の印象」は、1904年に作曲された。
聴いたCDは、ミッシェル・プラッソン指揮、
トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団の演奏によるものである。
最初は夜の雰囲気を感じさせるような雰囲気が管楽器と低弦で表現される。
やがて堂々としたコラール風の主題が弦楽器により奏され、繰り返される。
うねるような弦楽器の音型は彼が影響を受けたワグナーの音楽を思わせる。
金管楽器も加わり、華やかさも加わるようになり、
弦楽器が繰り返す主題は徐々に勢いをつけていくようになる。
他の不安な感じを思わせる不気味な旋律も奏されるが、
やがて、トランペットがファンファーレのように輝かしい旋律を奏で、
そのあと軽快な行進曲風の音楽となっていき、金管楽器が活躍する。
それが盛り上がったあと、静まって冒頭の夜の情景が再び描写されるが、
それが終わったあと行進曲風の旋律が繰り返され、いったん静まり、
そのあと管弦楽全体で再び盛り上がりをみせて、最後静かに終わる。
途中聴いたのは、1857年生まれのラザーリの作品。
オーストリア帝国出身の彼は、フランスに帰化した作曲家である。
イタリア人の父とオーストリア人の母の間に生まれた彼は、
最初法学を学び、弁護士となったが、ショーソンなどと親交を深め、
グノーに才能を認められ、パリ音楽院に入学し、作曲科で学んだ。
既に歌曲や室内楽曲などの作品を発表し、成功を収めていたが、
やがてフランクの影響を受けつつ、管弦楽曲でも様々な作品を残した。
交響的音画「夜の印象」は、1904年に作曲された。
聴いたCDは、ミッシェル・プラッソン指揮、
トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団の演奏によるものである。
最初は夜の雰囲気を感じさせるような雰囲気が管楽器と低弦で表現される。
やがて堂々としたコラール風の主題が弦楽器により奏され、繰り返される。
うねるような弦楽器の音型は彼が影響を受けたワグナーの音楽を思わせる。
金管楽器も加わり、華やかさも加わるようになり、
弦楽器が繰り返す主題は徐々に勢いをつけていくようになる。
他の不安な感じを思わせる不気味な旋律も奏されるが、
やがて、トランペットがファンファーレのように輝かしい旋律を奏で、
そのあと軽快な行進曲風の音楽となっていき、金管楽器が活躍する。
それが盛り上がったあと、静まって冒頭の夜の情景が再び描写されるが、
それが終わったあと行進曲風の旋律が繰り返され、いったん静まり、
そのあと管弦楽全体で再び盛り上がりをみせて、最後静かに終わる。