ある建て主の方との打ち合わせの際に雑談で、彫刻家の前川秀樹さんの個展に行った時の話をお聞きしました。
神秘的な作風の作家で、ちょうど在廊されていた作家本人に会った印象など、いろいろな興味深いお話でした。
僕が初めて前川秀樹さんの作品のことを知ったのは、「陶芸家の家」を設計しているときでした。
建て主の方から、家を建てるにあたりこの彫刻作品を置くことを前提に考えてほしいと言われ、一枚の写真を見せていただきました。その瞬間に僕自身もなにかこう、ぐっと掴まれたような気持ちになったのをよく覚えています。
宗教的な趣のある不思議な作風。髪を風になびかせながらその目は遠くを見つめているようであり、同時に、自己の内奥をじっと見つめているような。
作家自身が流木を拾ってきて、そこからインスピレーションを受けて造形が決まっていくそうですが、そんな背景にもなにか思いを馳せるものがあります。
いろいろと考えた末に、陶芸の工房と住居の間にある階段ホールの真ん中に、前川秀樹さんの彫刻作品を置くように設計しました。
一日のなかで何度もこの彫刻に出会い、周りを巡る動線からあらゆる角度で彫刻を眺められるようになっていて、波打つような天井の天窓から彫刻に光が降り下りてきます。
彫刻の目線の先には西向きの窓があって、一日が終わりに近づくにつれ、明るさが増していき、そして静かに闇に沈んでいきます。
窓の先には古い神社の参道があって、路傍の大きな古木の気配が感じられます。
流木から生まれたこの彫刻が、東京のある街にたどり着いて、その場所に流れる時間の記憶のなかにそっと寄り添っていく。
そんなイメージが、前川秀樹氏の彫刻の深遠な眼差しにそぐうものであることを祈りつつ、この場所を形作りました。
前川秀樹さんご本人から、彫刻作品の制作意図を直接うかがったわけではないけれど、作品に出会った個々人が、それぞれの解釈やイメージやストーリーを受け取ってもいいのではないかと思います。
そんな風に作品と「対話」するのは、とても楽しい時間でした。