ベルリン近郊には、森や湖が多く残されています。かつての王侯貴族たちも、都市ベルリンでの生活に窮屈さをおぼえ、郊外の風光明媚な場所に別荘を求めたといいます。
19世紀初頭。宮廷建築家カール・フリードリッヒ・シンケルが活躍した時代も、多くの宮廷建築が郊外に建てられました。宮殿だけが主役なのではなく、広大な森と湖と共にある場所。草花が美しく咲き、野鳥がさえずる場所。ベルリンからほど近い場所にそんなユートピアを求めたようです。イタリアの歴史あるモチーフ、ギリシアの権威ある造形。そんな数々を、まるで幻影のようにドイツの森の中に埋め込むこと。それは、現代の我々からはなかなか理解できない価値観かもしれないけれども、そうしたかつての文化への「憧れ」のようなものは、美しい幻想的な場所として、今も我々は目撃することができます。ポツダムにあるサンスーシの森のなかに、カール・フリードリッヒ・シンケル設計の宮殿「庭師の家」は静かに佇んでいました。
この住宅は、夏の離宮としてつくられました。イタリアやギリシアのモチーフにあふれ、中庭を囲むようにして建っており、茶室としてのパビリオンや浴場などを取り入れながら、周囲の自然と一体となってつくられています。森の風景が美しく切り取られ、川の流れが中に取り込まれています。小舟に乗ってパビリオンにアプローチするという趣向。大きなパーゴラがかかる小庭には、コージーなベンチコーナーがしつらえられ、その廻りは草花で覆われるようになっています。そのコーナーから見える風景は、サンスーシの森。建物内のアーチをくぐるたびに、次々と息をのむ光景が現れます。
広大な森のなかで楽しく過ごすための工夫が、この住宅には散りばめられています。どこでどんなことをするのか、ひとつひとつ丁寧にイメージされ、それに見合ったしつらえが造られています。
夏の戸外での生活を積極的に楽しむこと。それは、たんに居心地が良いということだけでなく、当時の王侯貴族たちにとって必要とされた品格ある場所として、時空を超えた歴史感を楽しむピクチャレスクな場所として。
僕の師・村田靖夫さんは、屋外を積極的に生活空間として取り入れようとした人でした。長い年月を過ごす住宅においては、まずしっかりと内部をつくること、そして外部も生活空間として活用することで、飽きのこない豊かな住まいづくりができるのだ、と。その一連の設計手法を「アウトドア・リビング」と称していました。村田さんは亡くなる2,3年ほど前にベルリンを訪れていました。でも、ここポツダムまでは足を伸ばしていなかったでしょう。自然や草花が大好きだった村田さんは、この住宅を見たらきっと気に入ったにちがいない・・・そんな風に思いました。僕が見たのはシーズンオフの冬。草花は無く、しかも雨。それでも、夏の美しい風景のことを想像し、19世紀の建築家が抱いた美しきイメージに心酔しました。