まるで呼ばれるように引き寄せられて、心のなかに残り続けるものがあります。僕にとってそのひとつが、有元利夫。38歳の若さで夭逝した画家です。
70年代、アートシーンでは芸術の本質論に走るあまり、個性的で、前衛的なものがもてはやされたそうです。既成概念をぶっ壊せ。そんななか、普遍的なもの、よりどころになるような「様式」を創作のイメージの源泉に据えたのが有元の画風でした。中世の宗教絵画。ジョットの、ボッティチェッリの、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカの画面が、そしてやがて平家納経や涅槃図が、有元の作品のなかに垣間見えるようになりました。マネだとかマンネリだとか言われても節を曲げずに貫き通す強さはすごいものがあります。そしてそれらの作品が並んだときに、人間というのは、こうだったかもしれない、という深い安堵感に包まれるように、僕には思われるのです。
今、東京都庭園美術館で、有元の展覧会が開かれています。アール・デコという20世紀初頭のデザイン・モチーフをふんだんに採り入れた室内装飾は、過ぎ去った様式の香りを強くとどめています。そこに、有元の「様式」の世界が、静かに幕を開きます。
有元の展覧会は、これまで幾度となく観てきました。東京ステーションギャラリーで、古びたレンガ壁を背景に観る絵も、時間の厚みを感じるような雰囲気になってとてもよかったけど、今回の、庭園美術館の建物との組み合わせも、まさに珠玉。インテリアと画風が呼応するように典雅な雰囲気を醸し出しています。
庭園美術館の建物は、絵のためにデザインされたわけではないし、有元の絵画も、ここに飾られることをイメージして描かれたわけではありません。でも、出会うべくして出会ったというか、響き合う雰囲気があるのは、とても不思議です。昨年にできあがった「庭師と画家の家」も、そんな雰囲気になっていってくれることを心の中で願わずにいられません。さきほど出したピエロ・デ・ラ・フランチェスカの、たった1枚の絵のための美術館があるとか。いつかそんな場所をつくることができたら、建築家冥利に尽きると思います。
東京都庭園美術館での有元利夫展。9月5日まで開催しているとのこと。暑い日が続きますが、建物の中は涼しく快適です。画風のもつ安堵感とあいまって、ちょっと眠くなるかも(笑)