昔、「白い町で」という映画がありました。白い町・・・そう、それはリスボンを舞台にした映画でした。ストーリーも思い出せないようなけだるい映画。貨物船の機関士の男が、家族を、日常を捨ててリスボンに居着いてしまう話。
彼が手持ちの8ミリカメラで撮り続けたリスボンの路地風景は、色彩は白くとび、ハレーションを起こしたかのように輪郭がはっきりしないまま、残像のように僕の脳裏にこびりつきました。栄華が過ぎ去った後の、寄る辺のない世界。リスボンという街がもつ独特の郷愁の感覚を、直感的に感じさせてくれる映像でした。僕は、街には独特の色や感覚がある方が魅力的だと思っています。キレイに整理整頓された街や、シャープですっきりした街並みよりも、「歴史」の片鱗や皺が深く刻み込まれている、つかみどころの無く陰鬱(言い過ぎ?)な街の方が、味わいがあって魅力を感じます。
そんなことを感じさせてくれた「白い町で」の主演俳優はブルーノ・ガンツ。大陸の西の果てでメランコリックな映像に身を投じた彼は、その数年後、ヴィム・ヴェンダースに見出されます。そう、それは「ベルリン 天使の詩」。しかもなんとおじさん天使として!ガンツおやじは、今度は壁崩壊前夜のベルリンを彷徨います。世界大戦で爆撃されて以来、壁で分断され埋められることのない空白の不毛の地が続きます。
モノクロームの陰鬱な映像。その中を彷徨う笑顔のない疲れた天使。この無彩色の世界そのものが、当時のベルリンの街の気配を伝えていました。
1920年代、ベルリンはヨーロッパ随一の栄華を誇ったそうです。その時代を書き記したヴァルター・ベンヤミンの断章。写真に表わされる、都市の光と影。そんなことをイメージしながら、ある晩、旧東ベルリンに位置する古いレストランに入りました。戦後の再建の建物だと思いますが、数十年、暗く抑圧された時間を過ごしてきたことでしょう。地下に降りていくが階段がそんなイメージを沸かせました。店内に飾られた、古き良き時代のベルリンの写真や、生活道具の数々。そんな雰囲気に身を委ねながら注文したのは、酢キャベツとアイスバイン(豚肉の煮込み)。
暗く寒い冬を乗り切る名物料理だそうですが、見た目も味も即物的!なんだかドイツの人々の気質を表しているようでした。ベルリンという街は、いつの時代も勝手にパリを意識し、追いつけ追い越せで成長してきたようなところがあるようです。でも、暗く重く長い冬、料理も手が込んでいるというよりは即物的で、ある意味ではパリに並ぶことのできないコンプレックスを抱えたまま生きてきた街のような気がしてなりません。そして最後には街ごと破壊され、廃墟になってしまった。
そんなベルリンは政治の中心に引き戻され、またもや国策の何がしかを背負わされ、節操ないほどの再開発に沸いています。う~ん、どうなっていくことやら。日々どんどん変わり続けるベルリンのなかで、変わらないものとは何なのだろう?そんなことを思いながら、古きプロイセン王国時代の建築家シンケルが設計した美術館で、ちょっとメランコリック風を意識(?)して写真を撮ってみました。アルテス・ムゼウム(旧博物館)のエントランス階段。どうでしょうか?
続きはまた来週。