古びることを愉しむ

2025-01-16 21:17:55 | 八王子 街を見晴らす家


旅行で訪れるとある街で、心惹かれる場所は少なからず、ちょっと古びたレトロ感ある場所。
時間を味方につけて古色を帯びた物や場所には、不思議と気持ちが動きます。
なんだかほっこり安心感があるのでしょうか。
たんに古ければ何でもいいということではありませんが、古びたものには、新しいものにはない存在感がある、ということかもしれません。

そんなようなことを、画家・有元利夫はよく文章に残していました。そして有元の画風はまさにそれを体現したもので、新しいキャンパスに描いては汚し、かすれさせ、積極的に古びさせていたようです。

古びることを、愉しむ。
そんな感覚を持ちながらモノづくり、家づくりをできるのは、ぼくにとっては喜びです。
八王子にできあがったこの住宅も、そんな古びる愉しみ満載です。

上の写真は、玄関の一コマ。玄関ドアの脇にはレトロな風合いのガラスがはまり、その表面の独特の凹凸が直射日光に感応してキラキラと輝きます。
その傍らには木で一体的に作られた郵便ポストがあって、外から郵便物を入れて、中から取り出せるという仕掛け。
木でできたポスト箱は濃色に塗られていて、新しいけれども年季のはいった佇まい。
その箱のフタのつまみも真鍮でできていて、今は金ピカだけれども、だんだんと鈍い飴色に変色していくことでしょう。
ポスト箱の上には、ざらついた土っぽい質感のタイルがあしらわれ、棚にちょんと置かれたオブジェの背景となります。

古びていることを求め、古びるていることを愉しむようなあり方は、心に穏やかさと安心感をもたらしてくれるように思います。
そんな気分を生み出すためのデザインの心得は、雅、放胆、枯淡、稚拙、鈍、省略、不整美、無名色、無造作というような魯山人の言葉。
これらの言葉もまた、有元利夫が大切にしていたことのようです。

シャープでカッコいいデザインの、反対にあるものですね 笑

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新しくて、懐かしい家

2025-01-14 18:40:24 | 八王子 街を見晴らす家


八王子でつくってきた住宅が、もうすぐ引き渡しをむかえます。
建て主のKさんとお話しながら思い浮かべていたのは、小さくて居心地のよい小屋のような雰囲気の家のことでした。

素朴で、ちょっとレトロな感じの素材感。
おおらかな壁や屋根に守られて、
窓からは自然光が美しく入ってくる。
そうして、これからの長い暮らしを、ゆっくりと見守ってくれるような雰囲気であること。

そんなイメージを拠りどころにしながらできあがった家は、新しい家なのにどこか懐かしくて、安心感に満ちていました。






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アクチュアル・ロマネスク

2024-12-28 22:05:17 | 八王子 街を見晴らす家


ぼくが建築家を志したキッカケは、写真家 田沼武能の作品集「カタルニア・ロマネスク」との出会いでした。
スペインのカタルニア地方に散在するロマネスク様式の古い礼拝堂と、それらの礼拝堂を中心に生きる集落の人々を写した写真集です。
以来、この写真集はぼくにとって北極星のような存在として、何十年もぼくの人生の中心にありました。

ちょうど1年前、思いがけぬことから、田沼武能さんのご親族と、そして「カタルニア・ロマネスク」の編集者の方とお会いする機会に恵まれました。
田沼武能さんはその1年前に他界されたばかりで、その巡り合わせに、なにか運命的なものも感じました。

写真集「カタルニア・ロマネスク」への積年の思いをうまく伝えようにも、思いが大きすぎてなかなか言葉にならずに口惜しい気持ちになりました。
でもそれから時間が経ち、「カタルニア・ロマネスク」がぼくにとって何であったのか、整理できるようになってきました。
そしてそれは、住宅を設計するうえでの羅針盤として静かにぼくを導いてくれているように思います。

この冬にできあがる、ひとつの小さな家。
この家にも、ぼくにとっての「カタルニア・ロマネスク」が生きています。
これまで多くの住宅をつくってきましたが、ひとつ意図的に変化が表れました。
より簡素で素朴で、家のなかの造りひとつひとつの表現が、愛おしく感じられるような家。
新しいけれども、古くからあるようで、住む人を見守ってくれるような優しさのある家。
学術的な言い方からは程遠いけれども、そういったことを本気で考えて実現できれば、それは意義のあることだと思うのです。
何百年もの遥か昔に造られたロマネスクの礼拝堂が、古びてなお、現代に生きるぼくたちの心に響くように。
そんな願いを込めながら取り組んできた家が、またひとつできあがるのが嬉しくてなりません。
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八王子のロマネスク

2024-11-17 17:44:28 | 八王子 街を見晴らす家


八王子で建てている小さな家。真四角の間取りのシンプルな家です。
コストも考慮しながら、必要なだけの広さにとどめながらも、暮らしに必要な収納などは、建物と一体となるようにデザインし、工事で造りました。

家一軒まるごと、大工さんひとりで造る。手順を考えながら黙々と作業をし、そしてついに大工さんの役目が終わりました。
根気よく丁寧に造ってくださる姿には、本当に敬意しかありません。
仕事の終わりにあたりご挨拶をし、丁寧な仕事への感謝の言葉を述べつつ、またいつか別の現場でもお願いしますね、とお伝えしました。
このような良い現場に巡り合えるのは幸せです。

大工さんの仕事が終わり、塗装などの内装の仕事が始まる前の、束の間の静かな現場の時間。あれこれ思案そんな時間を一人で過ごすのが好きです。
塗装の職人さんに、色の塗分けやニュアンスなど、設計の意図を伝え、その通りに仕上がったらどのようになるだろう、としばし現場で想像を巡らせました。
楽しみでもあり、ちょっとした緊張感もあり。
多くの住宅を造ってきたとはいえ、自分が出した結論には、自信を持ちつつも緊張もやはりあります。

優しい暮らしの場となってくれますように。
小さく簡素な佇まいが、きっとそんなふうになるよ、と後押ししてくれているようで、離れがたい心地よさがありました。
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