「片倉の家」は、最寄駅を降りてから、なだらかな坂道をずうっと歩いていった先にある、丘の上に建つ家です。一部の工事を残して、ほぼすべてできあがりました。最後は現場も慌ただしくなってしまったけれど、それでも、この現場に来ると感じられる静かな雰囲気が好きでした。
施主にお会いし、いろいろなお話を聞いて設計をすすめるなかで、いつしか心の奥底の方で、あるひとつの史跡のことが明滅するようになりました。
中部イタリア アッシジの街はずれにある修道院、サン・ダミアーノ。聖フランチェスコに師事した尼僧 聖キアラが生涯暮らした、簡素で小さな修道院です。この場所のことをよりよく知ったのは、エリオ・チオルの写真集「アッシジ」や、作家・須賀敦子さんの著作によってでした。須賀さんにとってサン・ダミアーノは特別な場所だったそうです。
今も当時の面影そのままに残るこの修道院についての写真を見ていると、一見どうということはなさそうだけれど、しばらくすると「効いて」くる独特の雰囲気があります。この場所があればいい。そんな風に思えるような雰囲気に満たされていました。漠然としたそのようなイメージに近づこうとしながら家の設計をするのはとても難しかったのですが、そのようなイメージを体現できたかどうか、少し時間をかけながら感じ取りたいと思います。
この家では一日の時間の流れが、太陽の動きとともにゆっくりと感じられます。午後になり陽がゆっくりと傾いて西の方から光がやってくるようになると、障子を通した光は、室内の勾配天井に独特の穏やかな色調をもたらしてくれます。そういえばアッシジの街並も、夕日を受けて独特の趣きをもつということを、須賀さんが美しい文章に書いていたっけ。もう一度、読み返してみたくなりました。