八ヶ岳の、登山道の始めの数キロを歩いた。
車でその始点までは行けて、登山者はこここらいよい
よい登山開始となるわけだが、その周辺は「ミヤマシ
ロチョウ」という希少な蝶の発生地域でもあり、実際
保護活動をしていて、採集禁止にもなっている。
そんなところに行ったのは、ひょっとしてその蝶が見
られるかなという僅かな期待があったからだ。
しかし、時期的には遅く、難しいだろうという予測は
ついていた。
ところが現場に到着すると、なんと捕蝶網を持った人
が歩いているではないか。
久しぶりにそういう姿を見た気がする。
こういう場合、やはり注意すべきだろう、しかしどう
いう風に言おうかな、などと考えて車を出ようとする
と向こうから挨拶してきた。
年のころは60歳以上の、温厚そうなおじさんだ(外
見からすると)。
やましいことは無いぞ、という意思表示の先手を打っ
てきたのか。
そこでずばり聞いてみた。
「採集ですか?」(私)
「ええ」(おじさん)
「それで、何を?」(ストレートに聞く私)
ここでミヤマシロチョウと答える馬鹿はいないよと思っ
たが。
「フタスジチョウなんですよ」(おじさん)
「ああ、この辺に一杯いますからね」(私)
フタスジチョウの多い地域で、この蝶だったら絶滅と
か考えなくてもいいというものである。
「でも、今年は全然いないんですよ」(おじさん)
「登山道上がったところに一杯いるでしょう」(私)
「そこも行ったけど、さっぱりです」(おじさん)
「そうなんですか」(私)
「どうも今年の低温で死んだのが多いんじゃないかと
思うんですよ、他の普通の蝶も数が少ないですから」
(おじさん)
「確かに、一番多いこの時期にしてはあまりに少ない
と感じてはいたんですけど、単に発生時期が遅れてる
んじゃないかと思ってたんですが」(私)
「そうじゃなさそうですよ」(おじさん)
蝶関係の世間話をひとしきりした後、再び核心に。
「ところで、この辺はミヤマシロチョウの保護地域だ
から捕蝶網を持ってると疑われると思いますよ」(私)
「ええ、でもミヤマシロチョウは20日までだから」
(おじさん)
「時期的に違うといっても、知らない人にとっては同
じに見えますから」(私)
「ええ、だから説明しますけどね」(おじさん)
「李下に冠を正さず、ということもありますから」(私)
最後の部分は、今創作した(格好つけるために)、現
実にこんな会話しないよね。
おじさんの言うことを一応信用したが。
その後別れ、登山道を3キロほど登り、「吸血アブ」30
匹あまりに纏わり付かれ、それらを引き連れて再びユー
ターンして戻ってきた。
それにしても、本当に蝶の数は少ない。
しかし、アブの数は相変わらず多い。
つづく