まなざしの人間関係 視線の作法, 井上忠司, 講談社現代新書 641, 1982年
・『まなざし(視線)』を通して見た日本人。心理学的な内容かと思って読み出したのですが、主に比較文化論的な内容でした。誰でも思いあたる身近な話題からはじまり、著者独特の興味深い論が分かり易い言葉で展開されます。「なるほど!」と思わせられる場面が随所にあり、なかなか良い本だと思うのですが只今絶版。
・「視線を合わすということは、わたしたちが人間関係を結ぶうえで、もっとも基本的なしぐさのひとつであろう。 ところが、概してわたしたちは、他者と向かい合った状況で、お互いに視線を合わせながら話をすることに、言い知れぬ苦痛をともなうもののようである。どうやら、わたしたち日本人は、日常の生活のなかで、まなざしないしは視線にたいそう敏感な国民であるらしい――」p.7
・「かりにイタリアが「視線を合わす文化」であるとすれば、わが国は「視線を避ける文化」であるということができる。他者のまなざしに敏感なわが国の文化の問題を、わたしはイタリアでの生活のなかで、逆に再発見したのであった。」p.15
・「「目は人の眼(まなこ)」といわれる。わたしたちにとって、目はもっともたいせつな器官のひとつである。だがそれは、たんなる感覚の器官としてではない。目は対象(ヒトやモノ)を見、対象のこころをよむ。と同時に、目は人のこころをもうつし出す。」p.48
・「映画の撮影の順序は、ある意味で鉄道の架線工事に似ている。始発駅から終着駅まで架線を順序よく引いていくということは、まずありえない。工事の可能な箇所から順次手がけてゆき、切れ切れの架線をどんどんつないでゆくというのがふつうである。」p.51
・「かつてわが国の女性は、もっぱら "見られる存在" であった。男から見られても、見かえしてはならないのであった。視線を避けるためには、一般に、目は大きくないほうがのぞましい。瞳が大きくて、いまにもこぼれ落ちそうな女性は、おそらく映画が大衆化するまでは、女らしい人とか美人とはいわれなかったにちがいない。女性の目は細くて切れ長で、むしろ小さいほうが好まれたのである。」p.62
・「まなざしないしは視線の問題にもっとも古くからつよい関心を示してきたのは、古今東西をとわず、文学者であった。かれらは文学作品のなかで、目の表情や視線の動きをたくみに描写することによって、登場人物の心理を読者に的確に伝えようとしてきたのである。」p.65
・「近づきすぎると「ずうずうしい」と受けとられ、離れすぎると「よそよそしい」と受けとられるというこの事実は、異なった文化の人間同士が出会うとき、相互の理解をさまたげずにはおかないであろう。」p.83
・「このように、演技者の目線の方向ひとつで、空間における場面の効果はまるで違ってくるのである。」p.105
・「もう一つ、身近な例をあげよう。いまかりに、わたしたちが道路を歩いているときに、向こうから知人がやってきたとしよう。こちらはすでに彼の存在に気がついているのだが、あまり早くから彼のほうをジロジロ見るわけにもゆかない。そこで、ある程度まで接近したところで、やっと気がついたようなふりをして、声をかけるということになる。その作法のタイミングが、なかなかむつかしい。」p.108
・「野生のサルの餌付け場に行くと、「サルの目を見ないでください。向かって行くことがあります」という立て札のあることがある。人間がサルの目を見ると、サルの側の攻撃性・闘争性を駆り立てるのである。(中略)サルは「目の動物」であるといわれる。動物界でも、視覚による認知が特別にすぐれているという点では、サルと人間は特別なのである。」p.112
・「目線が、わたしたちの人間関係にとって、いかにたいせつな問題であるか――それは、わたしたちの人間関係をはかる<ものさし>として、「目上」「目下」ということばがあることからも、うかがい知ることができる。目上、目下というのは、あきらかに、目と目を結ぶ線の位置を基準にしているのである。」p.116
・「かつて、武家の社会においては、目上と目下の関係は、目下の者が目上の者から一方的に見おろされるという関係にあった。目下の者は「オモテをあげい」とでもいわれないかぎり、見あげることができないのであった。どうしても見あげなければならないときには、「おそれながら」と願い出て、はじめて見あげることが許されたのである。 言いかえれば、他者をじーっと見すえることができたのは、かつてのわが国においては、支配者にのみ特有の表情であった。」p.118
・「いっぽう、気楽に話をきくという場合には、もう少し範囲はひろがるようである。 「額の通り・おへその通り・肩幅から一寸(約3.3センチ)の幅」 をそれぞれ四角形にむすんだ範囲内、とのことである。ちなみに、これよりはずれると、相手から目をそらせているようにうつるもののようである。」p.125
・「ヨーロッパ(とくに南ヨーロッパ)の人たちは、広場や路上などで、もっぱら立ったままの姿勢で何時間でもおしゃべりをしている。 それに対して、一般にわたしたち日本人は、ひとと長くおしゃべりをしようとする場合には、すわって話そうとする。立ったままの姿勢では、お互いになんとも落ちつかないのである。わたしたちが「お茶でも飲みながら」などといってひとを誘うのも、要するに、「すわって話しましょう」という意味にほかならない。」p.129
・「赤面恐怖がわが国にのみ特有の症状ではないことは、まえにのべたとおりである。けれども、わが国の赤面恐怖には、表情恐怖と結びついた症状がしばしばめとめられ、この恐怖については、西洋でもほとんど報告されていないようである。 とりわけ、目の表情や目つきに関する訴えは、わが国にのみ特有の症状であるといわれる。」p.149
・「結論を先取りしていえば、この視線恐怖という症状に苦悩している人たちは、視線の作法の混乱がうみ出した、文化の過渡期における犠牲者ではあるまいか――わたしは、このように解してみたいのである。」p.157
・「(5) 「間」があくのを苦手とすること。かれらの苦手とするのは、特定の話題のない、慢然たる雑談の時間である。間があくことに耐えられないかれらは、しばしば饒舌である。そして一見、人づきあいのよさを発揮する。」p.162
・「かつてわたしは、拙著『「世間体」の構造』(NHKブックス)のなかで、「世間」についての定義をこころみたことがある。 「世間」というのは、個人(つまり行為主体)の側からいえば、わが国の人びとに特有な、一種の「準拠集団(わたしたちが自分の態度や行動のよりどころとするような集団)である、とわたしは考える。「世間」は、厳密にいえば「集団」ではない。だが、準拠集団の考え方を適用することによって、「世間」の構造の特質が、たぶん、くっきりと浮き彫りにされることであろう。」p.163
・「前者の観念の総称(いちばん内側の世界)が「ミウチ」ないしは「ナカマウチ」であり、後者の観念の総称(いちばん外側の、いわば無縁の存在ともいうべき世界)は、おそらく「タニン」ないしは「ヨソのヒト」である。そして、その中間帯にあって、わたしたちの行動のよりどころとなるのが、「セケン」ではなかろうか(図5参照)。」p.165
・「視線恐怖症者のあいだに共通してみとめられる大きな特徴の一つは、「とくに親しくもなく、とくに見知らぬ人でもない、中間的な関係(高橋徹の用語では中間的人間接触)にある人びとのあいだに構成される状況」であった。これはまさに、わたしのいうところの「セケン」とぴったり重なり合っているのではあるまいか。 だとすれば、視線恐怖のことを、「世間体の病理」と名づけることも許されるであろう。」p.165
・「自分が何をしているかを他者が見ている状況では、サルのとる行動はがらっと変わって、きちっと意識した行動になるわけです。つまり、群れの中にいるときは、彼らは彼らの社会的伝達に設定された行動型をとっているんですね。人間でいえばタテマエ的な行動です。ところが二頭になると互いに許しあえるんです(河合雅雄・沢田允茂『動物と人間』思索社、1980年)。」p.169
・「戸井田道三もいうように、俳優が舞台の上で劇中の人物に扮しておこなう行為だけが、演技ではない。わたしたちは、日常生活のなかで、つねに演技していきているのである。演技を学習し、演技によって学習しながら、社会関係のなかで円滑に生活をいとなむことができるのである。つまり演技は、ことばと同じように、社会生活にとっての必要条件であるといえるのである(『演技――生活のなかの表現行為』紀伊国屋書店、1987年)。」p.172
・「わが国が「視線を避ける文化」であることはみとめるとしても、それではいったい、なぜそうなったのか。あるいはまた、「視線を合わす文化」のもっとも典型的な例が、なぜアラブの文化なのか――このように問われたら、正直いって目下のところ、わたしは完全にお手上げである。」p.177
・「わたしたち日本人のまなざしの理想は、おそらく、この武芸の達人のそれであろう。つまり、相手の目の表情からは彼のこころのなかを見抜きながらも、相手にはけっして自分のこころのなかを見透かされぬようなまなざしである。 このような日本文化の特徴をひとことにしていえば、「簾(すだれ)の文化」であるといえるのではあるまいか――わたしはかねてより、そう考えているのである。」p.180
・「要するに、わたしは目(または眼)だけでがんばってみたのである。ちなみに、前田勇『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)によれば、かつて「がんばる」は「眼張る」であった。「両眼を大きく見開く」(転じて、気をつけて見る)ことであり、「目をつける」ことの意なのであった。」p.183
・『まなざし(視線)』を通して見た日本人。心理学的な内容かと思って読み出したのですが、主に比較文化論的な内容でした。誰でも思いあたる身近な話題からはじまり、著者独特の興味深い論が分かり易い言葉で展開されます。「なるほど!」と思わせられる場面が随所にあり、なかなか良い本だと思うのですが只今絶版。
・「視線を合わすということは、わたしたちが人間関係を結ぶうえで、もっとも基本的なしぐさのひとつであろう。 ところが、概してわたしたちは、他者と向かい合った状況で、お互いに視線を合わせながら話をすることに、言い知れぬ苦痛をともなうもののようである。どうやら、わたしたち日本人は、日常の生活のなかで、まなざしないしは視線にたいそう敏感な国民であるらしい――」p.7
・「かりにイタリアが「視線を合わす文化」であるとすれば、わが国は「視線を避ける文化」であるということができる。他者のまなざしに敏感なわが国の文化の問題を、わたしはイタリアでの生活のなかで、逆に再発見したのであった。」p.15
・「「目は人の眼(まなこ)」といわれる。わたしたちにとって、目はもっともたいせつな器官のひとつである。だがそれは、たんなる感覚の器官としてではない。目は対象(ヒトやモノ)を見、対象のこころをよむ。と同時に、目は人のこころをもうつし出す。」p.48
・「映画の撮影の順序は、ある意味で鉄道の架線工事に似ている。始発駅から終着駅まで架線を順序よく引いていくということは、まずありえない。工事の可能な箇所から順次手がけてゆき、切れ切れの架線をどんどんつないでゆくというのがふつうである。」p.51
・「かつてわが国の女性は、もっぱら "見られる存在" であった。男から見られても、見かえしてはならないのであった。視線を避けるためには、一般に、目は大きくないほうがのぞましい。瞳が大きくて、いまにもこぼれ落ちそうな女性は、おそらく映画が大衆化するまでは、女らしい人とか美人とはいわれなかったにちがいない。女性の目は細くて切れ長で、むしろ小さいほうが好まれたのである。」p.62
・「まなざしないしは視線の問題にもっとも古くからつよい関心を示してきたのは、古今東西をとわず、文学者であった。かれらは文学作品のなかで、目の表情や視線の動きをたくみに描写することによって、登場人物の心理を読者に的確に伝えようとしてきたのである。」p.65
・「近づきすぎると「ずうずうしい」と受けとられ、離れすぎると「よそよそしい」と受けとられるというこの事実は、異なった文化の人間同士が出会うとき、相互の理解をさまたげずにはおかないであろう。」p.83
・「このように、演技者の目線の方向ひとつで、空間における場面の効果はまるで違ってくるのである。」p.105
・「もう一つ、身近な例をあげよう。いまかりに、わたしたちが道路を歩いているときに、向こうから知人がやってきたとしよう。こちらはすでに彼の存在に気がついているのだが、あまり早くから彼のほうをジロジロ見るわけにもゆかない。そこで、ある程度まで接近したところで、やっと気がついたようなふりをして、声をかけるということになる。その作法のタイミングが、なかなかむつかしい。」p.108
・「野生のサルの餌付け場に行くと、「サルの目を見ないでください。向かって行くことがあります」という立て札のあることがある。人間がサルの目を見ると、サルの側の攻撃性・闘争性を駆り立てるのである。(中略)サルは「目の動物」であるといわれる。動物界でも、視覚による認知が特別にすぐれているという点では、サルと人間は特別なのである。」p.112
・「目線が、わたしたちの人間関係にとって、いかにたいせつな問題であるか――それは、わたしたちの人間関係をはかる<ものさし>として、「目上」「目下」ということばがあることからも、うかがい知ることができる。目上、目下というのは、あきらかに、目と目を結ぶ線の位置を基準にしているのである。」p.116
・「かつて、武家の社会においては、目上と目下の関係は、目下の者が目上の者から一方的に見おろされるという関係にあった。目下の者は「オモテをあげい」とでもいわれないかぎり、見あげることができないのであった。どうしても見あげなければならないときには、「おそれながら」と願い出て、はじめて見あげることが許されたのである。 言いかえれば、他者をじーっと見すえることができたのは、かつてのわが国においては、支配者にのみ特有の表情であった。」p.118
・「いっぽう、気楽に話をきくという場合には、もう少し範囲はひろがるようである。 「額の通り・おへその通り・肩幅から一寸(約3.3センチ)の幅」 をそれぞれ四角形にむすんだ範囲内、とのことである。ちなみに、これよりはずれると、相手から目をそらせているようにうつるもののようである。」p.125
・「ヨーロッパ(とくに南ヨーロッパ)の人たちは、広場や路上などで、もっぱら立ったままの姿勢で何時間でもおしゃべりをしている。 それに対して、一般にわたしたち日本人は、ひとと長くおしゃべりをしようとする場合には、すわって話そうとする。立ったままの姿勢では、お互いになんとも落ちつかないのである。わたしたちが「お茶でも飲みながら」などといってひとを誘うのも、要するに、「すわって話しましょう」という意味にほかならない。」p.129
・「赤面恐怖がわが国にのみ特有の症状ではないことは、まえにのべたとおりである。けれども、わが国の赤面恐怖には、表情恐怖と結びついた症状がしばしばめとめられ、この恐怖については、西洋でもほとんど報告されていないようである。 とりわけ、目の表情や目つきに関する訴えは、わが国にのみ特有の症状であるといわれる。」p.149
・「結論を先取りしていえば、この視線恐怖という症状に苦悩している人たちは、視線の作法の混乱がうみ出した、文化の過渡期における犠牲者ではあるまいか――わたしは、このように解してみたいのである。」p.157
・「(5) 「間」があくのを苦手とすること。かれらの苦手とするのは、特定の話題のない、慢然たる雑談の時間である。間があくことに耐えられないかれらは、しばしば饒舌である。そして一見、人づきあいのよさを発揮する。」p.162
・「かつてわたしは、拙著『「世間体」の構造』(NHKブックス)のなかで、「世間」についての定義をこころみたことがある。 「世間」というのは、個人(つまり行為主体)の側からいえば、わが国の人びとに特有な、一種の「準拠集団(わたしたちが自分の態度や行動のよりどころとするような集団)である、とわたしは考える。「世間」は、厳密にいえば「集団」ではない。だが、準拠集団の考え方を適用することによって、「世間」の構造の特質が、たぶん、くっきりと浮き彫りにされることであろう。」p.163
・「前者の観念の総称(いちばん内側の世界)が「ミウチ」ないしは「ナカマウチ」であり、後者の観念の総称(いちばん外側の、いわば無縁の存在ともいうべき世界)は、おそらく「タニン」ないしは「ヨソのヒト」である。そして、その中間帯にあって、わたしたちの行動のよりどころとなるのが、「セケン」ではなかろうか(図5参照)。」p.165
・「視線恐怖症者のあいだに共通してみとめられる大きな特徴の一つは、「とくに親しくもなく、とくに見知らぬ人でもない、中間的な関係(高橋徹の用語では中間的人間接触)にある人びとのあいだに構成される状況」であった。これはまさに、わたしのいうところの「セケン」とぴったり重なり合っているのではあるまいか。 だとすれば、視線恐怖のことを、「世間体の病理」と名づけることも許されるであろう。」p.165
・「自分が何をしているかを他者が見ている状況では、サルのとる行動はがらっと変わって、きちっと意識した行動になるわけです。つまり、群れの中にいるときは、彼らは彼らの社会的伝達に設定された行動型をとっているんですね。人間でいえばタテマエ的な行動です。ところが二頭になると互いに許しあえるんです(河合雅雄・沢田允茂『動物と人間』思索社、1980年)。」p.169
・「戸井田道三もいうように、俳優が舞台の上で劇中の人物に扮しておこなう行為だけが、演技ではない。わたしたちは、日常生活のなかで、つねに演技していきているのである。演技を学習し、演技によって学習しながら、社会関係のなかで円滑に生活をいとなむことができるのである。つまり演技は、ことばと同じように、社会生活にとっての必要条件であるといえるのである(『演技――生活のなかの表現行為』紀伊国屋書店、1987年)。」p.172
・「わが国が「視線を避ける文化」であることはみとめるとしても、それではいったい、なぜそうなったのか。あるいはまた、「視線を合わす文化」のもっとも典型的な例が、なぜアラブの文化なのか――このように問われたら、正直いって目下のところ、わたしは完全にお手上げである。」p.177
・「わたしたち日本人のまなざしの理想は、おそらく、この武芸の達人のそれであろう。つまり、相手の目の表情からは彼のこころのなかを見抜きながらも、相手にはけっして自分のこころのなかを見透かされぬようなまなざしである。 このような日本文化の特徴をひとことにしていえば、「簾(すだれ)の文化」であるといえるのではあるまいか――わたしはかねてより、そう考えているのである。」p.180
・「要するに、わたしは目(または眼)だけでがんばってみたのである。ちなみに、前田勇『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)によれば、かつて「がんばる」は「眼張る」であった。「両眼を大きく見開く」(転じて、気をつけて見る)ことであり、「目をつける」ことの意なのであった。」p.183
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