Natarizumab(商品名Tysabri)を例にして,治験の難しさ,とくにどのような患者さんを治験にエントリーするべきかという問題について議論したい.その前に本剤は日本ではいつになったら使用できるか分からない馴染みのない薬でもあり,治験の経過を振り返ってみたい.
Natarizumabは米国において,2004年11月23日,「再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の再発回数を減らす」という効能にて,FDAにスピード承認された薬である.その根拠となった治験のは,2つの1年間にわたるphase III trialであった(1つは単剤の試験AFFIRMで,もう1つはInterferon β-1a:商品名AVONEXとの併用試験SENTINELである).
Natalizumabはα4β1(VLA-4)インテグリンのモノクローナル抗体である.MS患者における炎症性脳病変は,活性化したリンパ球や単球が関与する自己免疫反応に起因すると考えられているが,糖蛋白α4β1(VLA-4)インテグリンは,これらの細胞表面に発現し,血管内皮への接着や脳実質への移動において重要な役割を担う.natalizumab はこの過程を阻害するというわけだ.
さて治験についてであるが,米Biogen Idec社とアイルランドElan社主導で行われた.SENTINELを簡単にまとめると,欧米の124施設で行われた多施設共同ランダム化比較試験で,1171例(!)の患者がエントリーした.対象はRRMSで年齢は18~55歳,EDSSは0~5.0の範囲.Primary endpointは開始1年後の再発率と,2年後における機能障害の進行であった. IFNβ-1a単独群とnatalizumab+IFNβ-1a併用群を比較したところ,年間再発は前者が0.82回であったのに対し,併用群で0.38回(53% reduction;ハザード比 0.50,p<0.0001)と有意に再発回数を減らすことが明らかになった.
その後,市場に出回ったnatalizumabであるが,Biogen Idec社とElan社は,2005年2月28日,米国での販売を自主的に中止した.これは進行性多病巣性白質脳障害(PML)という稀ながら重篤な有害事象が報告されたためである.NatalizumabはMSのみならず,活動性クローン病でも有効性が報告されているが,クローン病患者を含めたnatalizumab使用者3名においてJCウイルス感染症であるPMLが報告されたのだ.
これらの3症例の詳細は,N Engl J Med. 2005 Volume 353に報告されたが,うち1例の臨床検討会に参加させてもらったことがある.この患者は45歳発症の男性で,2001年にnatalizumab治験にエントリー.2004年まで良好な経過であったが,その後,造影効果やmass effectをを伴わないびまん性白質脳症が出現し,最終的にPMLと診断された.この検討会でとくに興味深かったのは,なぜPMLを発症したかに関する議論であった.IRISという聞きなれない病態が原因かもしれないという議論である.
IRISはImmune Restoration Inflammatory Syndromesの略で, Immune Reconstitution Syndromeとも呼ばれるが,治療として免疫抑制を行っている患者の治療の経過中,免疫システムの再構築(Reconstitution)が起こり,かえって炎症反応が強くなったり,日和見感染症を引き起こしたりする現象である.このような現象は,白血病治療の過程や,AIDSに対する多剤併用療法(HAART)中においても知られていた.たとえばHAART治療を受けたHIV患者180人中31%でIRISが見られたと報告もある(この場合, CD4細胞数が増加したにもかかわらず,TbやCMVなどの日和見感染が生じることを指す).IRISの病態機序としては,「病原体に対するメモリ細胞の過剰反応」が原因ではないかと言われている.つまりMSにおけるPMLは,natalizumab使用でIRISが生じ,JC virusが賦活された結果生じるのではないかという推論である.
さて,話はnatalizumabのその後に戻る.PMLの報告以降,Biogen Idec社とElan社は,MSおよびPMLの専門家とともに,3000例以上のnatalizumab使用者のデータについて安全性の解析を行った.この解析で,既報の3例以外の新たなPMLを認めず,さらにNeuraという小冊子による情報では,2046例の髄液・血漿を用いてJCV-DNAを定量的PCRで解析し,PMLを発症した上述の患者以外,陽性例がなかったそうである.これを受けて今月7~8日に,FDAは諮問委員会を開催し,natalizumabの治験における治療再開を認めるかどうかを再検討した.もちろん,現時点でその結果は出ているわけだが,ここではその結果に行く前に,この治験に問題がなかったか一度考えてみていただきたい.次回はFDA諮問委員会直前に,スタンフォード大神内教授SteinmanからLancetに投稿された1通のレターを取り上げ,本治験の問題点,および治験の難しさについて考えてみたい.
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