Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病に対する抗体薬使用に関する協働意思決定

2024年07月18日 | 認知症
協働意思決定(shared decision making:SDM)とは,患者さんと医師が協力して医療に関する意思を決定することです.図にようにパターナリズムとも,インフォームドコンセントとも異なる,現代のスタンダードです.先日,認知症診療のエキスパートの先生がたと「アミロイドβ抗体薬の使用に関するSDM」について議論しました.以下,自分なりに勉強したり考えたりしたことをまとめました.このSDMはかなり難しいと言うのが本音です.週末に岐阜で開催される「第14回脳血管・認知症学会総会」の大会長講演で,その一部をさらに深く考えて議論するつもりです.


図.リハビリスクエアより引用

1)アミロイドβ抗体薬に関するSDMの難しさ
◆SDMを大きく左右するのが「医師の説明」である.抗体薬の効果をどう説明するかはそれぞれの医師の解釈にかかっている.しかし抗体薬の効果に対する解釈は実はさまざまである.
◆「医師の説明」において不可欠である情報は,①抗体薬(=病態抑止薬)とドネペジルなどの既存薬の違い,②2つの抗体薬(レカネマブ,ドナネマブ)の違い,が挙げられる.しかしこれらの説明は簡単ではなく,とくに前者の「病態抑止」をいかに定義するかは難しい問題である(→大会長講演で議論します).
◆SDMのももう一つの柱は「患者さん・家族の価値観」である.つまり医師は,患者さん・家族が大切にしているもの(=価値観)を引き出し,理解するスキルが求められる(=patient-centered communication skill).それは人生の終末期をどのように生きたいかという人生哲学的な問題を引き出すことである.しかし必ずしも誰もがその答えを持っているとは限らないため悩むことになる.
◆アミロイドβ抗体薬に対する「患者さん・家族の価値観」は一致しないことが少なからずあるため,話し合いを通して確認し,患者さん・家族が合意する必要がある.受診したきっかけ,つまり患者さん本人が望んだものか,それとも家族が望んだものかは理解の参考になる.

2)ApoE遺伝子診断の難しさ(→大会長講演で議論します)
◆ApoE遺伝子診断は,その結果によって副作用(ARIA)のリスクが大きく変わるため,SDMにおいて患者さんが治療を決断する重要な情報となる.医師にとっても治療開始後の副作用の備えるために重要な情報である.つまり治療開始前に行わねばSDMの役に立たずに意味が半減する.
◆現状ではApoE遺伝子診断の保険診療は認められておらず,また適正使用ガイドラインにも記載されていないという大きな問題がある.このため患者さんの同意をとったうえで研究として遺伝子検査を行うことになるが,その際,結果の開示に関して「結果を開示しない」もしくは「希望があれば開示する」という2つの対応が生じうる.
◆「結果を開示しない」方針としても,ε4ホモ接合であればその後のMRIフォローアップを厳重に行ったり,治療薬(血栓溶解薬や抗凝固薬)の制限に関する説明をすることで,結局伝わっってしまう可能性がある.
◆遺伝子診断の意義の説明をする際に,そのメリットとデメリット(遺伝的,経済的,社会的デメリット)をどのように伝えるか,また両者をどのように評価して治療の決定につなげるかは実はかなり難しいスキルが求められる.

3)治療導入とその後の難しさ
◆治療導入に関する患者さんの意思の確認は一度ではなく,複数回行うべきである.なぜなら治療の医師は,抗体薬に関する新たな情報を入手したり,理解したりすることで変化しうるためである.よって治療の意思は変更しても良いことを事前に伝えたほうが良い.
◆アルツハイマー病を疑い,PETや脳脊髄検査を行ったものの,アミロイド陰性が判明し,治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる(MCIや軽度認知症レベルにおけるADの診断はそう容易ではなく,アミロイド陰性例も少なくはない可能性がある).
◆遺伝子診断を行ったものの,ε4ホモ接合で治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる.
◆抗体薬の開始後,認知症症状は進行してしまうが,症状の進行を自覚して落胆し,治療からdrop outすることがないよう,治療効果を「見える化」する工夫が必要である.

終わりに
アミロイドβ抗体薬をめぐるSDMは勉強すればするほど難しいと思います.また医療者のみならず,倫理学や遺伝学の専門家,法律や経済の専門家,患者さん・家族など,さまざまな専門家やステークホルダーが加わって議論する必要性を感じます.

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