Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(1月16日) 

2021年01月16日 | 医学と医療
今回のキーワードは,感染症法,アナフィラキシーは極めてまれ,ワクチンは変異株にも有効?COVID-19とジャーナリストの姿勢,long COVID,退院6ヶ月の症状,脳への感染の証明,抗MuSK抗体陽性重症筋無力症,頭痛の特徴,リツキシマブ療法のリスク,善玉腸内細菌の減少です.

政府で検討されている感染症法等の改正案は信じがたいものでした.患者・感染者への入院強制や検査義務化等に刑事罰もしくは罰則を設ける方針で,憂慮すべき状況です.これまで結核・ハンセン病などで,法的な患者の強制収容が行われ,著しい人権侵害が行われた過去があります.現行の感染症法はその反省から生まれたものです.感染者個人に責任を負わせることは,倫理的に受け入れがたいものです.もしこれが成立すれば,①罰則を伴う強制は国民の恐怖や不安・差別につながること,②罰則を恐れるあまり,検査を受けない,あるいは検査結果を隠蔽する可能性が生じること,③入院できない状況にある人は一層,検査を受けなくなること,が容易に考えられます.むしろ安心してPCR検査を受けられる環境を作る政策が求められているのではないでしょうか.日本医学会連合の「感染症法等の改正に関する緊急声明」もご覧頂きたく思います(https://www.jmsf.or.jp/news/page_822.html).

◆ワクチン摂取によるアナフィラキシー・ショックは極めてまれ.
米国疾病予防管理センター(CDC)からの報告.2020年12月14日~23日の間に,ワクチン有害事象報告システムによる調査で,Pfizer/BioNTechのワクチンの1回目の接種を行った約190万人(1,893,360人)のうち21人がアナフィラキシーを起こしたと報告された.100万人あたりに換算すると11.1人で,インフルエンザワクチンの1.3例より多いとはいえ,極めて稀な副作用であると言える.また21人のうち15人(71%)はワクチン接種後15分以内に発症した(範囲2~150分:中央値13分)(図1).事前にアレルギーなどのリスク評価を行うこと,接種後はエピネフリン注射などのアナフィラキシーに速やかに対処できる準備が必要である.また接種後の経過観察のためのスペースと,医療が逼迫している中での人員確保が問題になるかもしれない.
MMWR. Jan 06, 2021(doi.org/10.15585/mmwr.mm7002e1)



◆ワクチン接種患者血清はN501Y変異株を中和できる.
英国と南アフリカで発生し,急速に広まったSARS-CoV-2ウイルスの変異株は,いずれもN501Y変異を有している.これは細胞侵入のためのスパイク蛋白に位置し,受容体(ACE2)への結合を増加させるため,感染者数の増加が懸念されている.米国からの研究で,Pfizer/BioNTechのワクチン第3相試験の参加者20名の血清を用いて,作成したN501ウイルスとY501ウイルスへの中和力価を調べたところ,変異株に対しても従来と同等に中和できることが分かった(図2).ただし南アフリカで広まり,抗体を寄せ付けにくいと危惧されるE484K変異株への中和効果はこの論文では検討されていない.
bioRxiv. Jan 7, 2021(doi.org/10.1101/2021.01.07.425740)



◆COVID-19に対して主流メディアはどう対処したか?
Nat Med誌は,主流メディア(New York Times紙,Le Monde紙など,米,仏,印,南ア,ブラジル)のジャーナリスト5人に,パンデミック時の科学報道について,インタビューした記事を掲載した.非常に興味深い発言が多かった.
「私達は読者に正直でなければなりません・・・私達は,一般の人々に誤った期待を与えないようにしなければなりません」
「私がやろうとしていることは,毎日科学者と話をすることです.どの科学的成果が重要なのか,それとも理解が深まるまで待たなければならないものはどれなのかを毎日科学者に聞いています」
「私が最も頼りにしている情報源は,自分達が知っていることに長けているだけでなく,自分達が知らないこと,つまりこの分野全体が知らないことについて,非常に正直で,慎重な発言をする人達です」
「どのプレプリント論文を選択するかについてかなり慎重になってきています.通常,良い研究をしていると評判の良いグループのものだけ選んでいます」
「私達は実際には,科学者に説明責任を負わせるために存在しているのです」
「私達にとっての大きな課題は,政府の発言の科学的根拠を検証することです」
「科学者から政府へのアドバイスとは何か,政府の意思決定プロセスの不透明さをどうやって打破するかが話題になっていました」
→ 日本のマスコミはどのように姿勢で対処しているのか伺ってみたいと思った.
Nat Med 27, 17–20 (2021). (doi.org/10.1038/s41591-020-01207-3)

◆ Long COVID
COVID-19は,軽症から重症の急性感染を呈するだけでなく,長期にわたる症状を呈しうる.初期症状は軽度であるものの,感染後何ヶ月もの間,さまざまな消耗性の症状に苦しむことがある.重症の急性COVID-19とは異なり,男性よりも女性に多い.この状態は「long COVID(ないしpost-COVID syndrome)」と呼ばれている.正式な定義はないが,2ヵ月以上の持続する場合を指す場合が多い.持続的な疲労,筋痛,体位性頻脈症候群(POTS)などの自律神経障害,体温調節異常,消化器症状,皮膚症状などを呈する.この状態はエボラなどの感染症後症候群と類似し,筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)とも症状がオーバーラップする.感染と免疫不活化が誘因となって発症することが多い.背景には,感染後の高炎症状態の持続が考えられているが,病態は不明であり,今後の研究が必要である.→ 若者を中心に感染しても怖くないと考える人も多いと聞くが,単なる風邪ではないことを理解いただく必要がある.
Nat Med 27, 28–33 (2021).(doi.org/10.1038/s41591-020-01202-8)

◆退院6ヶ月における症状として,疲労・筋力低下,睡眠障害,不安・抑うつが多い.
退院したCOVID-19患者の長期的な状況を明らかにし,関連する危険因子を調査した研究が武漢から報告された.2020年1月7日から5月29日までの間に退院した患者1733 名を対象とした.症状発症後の追跡期間の中央値は186.0日であった.疲労または筋力低下(63%;1038/1655名),睡眠障害(26%;437/1655名)が最も多い症状であった.次いで,不安または抑うつが23%(367/1617名)に認められた.入院中に重症化した患者では,肺拡散能の障害や胸部画像の異常所見がさらに悪化しており,治療介入が必要な主な対象集団となっていた.追跡調査時に血液中の抗体を検査した 94 名のうち,中和抗体の陽性率および力価中央値は,急性期に比べて有意に低下していた(96.2%→58.5%および19.0→10.0).
Lancet. Jan 08, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32656-8)

◆SARS-CoV-2ウイルスの脳への感染能力が複数の方法により確認される.
米国からSARS-CoV-2の脳への感染能力を調べるために,3つの実験が行われた.第1に,ヒトの脳オルガノイド(いわゆるミニ脳;人工的に作られたヒト脳に似る3次元構造体で,一般にヒトiPS細胞から作成される)を用いて,感染した神経細胞と隣接する神経細胞の代謝変化という,感染の明確な証拠を確認した.またACE2を抗体でブロックするか,患者髄液を投与することで,神経細胞の感染を防げることも確認した.第2に,ヒトACE2を過剰発現させたマウスを用いて,経鼻的にSARS-CoV-2を感染させると,7日目には脳の広範囲(小脳を除く)に感染が見られることを確認した(図3;ヌクレオカプシド蛋白による免疫ラベリング).第3に,患者剖検脳において,大脳皮質神経細胞にSARS-CoV-2が検出され,免疫細胞の浸潤が抑制されている病理所見を確認した.以上の3つの結果は,SARS-CoV-2が直接,脳に感染する能力を示すものである.→ 懸念されることは,一度,中枢神経に感染した場合,潜伏するのではないかということである.某先生から「感染後,回復した神経疾患患者に,免疫抑制剤を使用して再活性化する可能性はないか?」との質問を頂いた.まだ明確な根拠はないが,強力な免疫抑制剤の使用は慎重であるべきかもしれない.
J Exp Med (2021) 218 (3): e20202135.(doi.org/10.1084/jem.20202135)



◆感染後,抗MuSK抗体陽性の重症筋無力症も発症しうる.
イタリアからの症例報告.77歳男性が,SARS-CoV-2感染の8週後に重症筋無力症(MG)を発症した.胸線の異常なし.抗MuSK抗体はRIA法では陰性であったが,cell-based assay(CBA)にて検出された(図4).治療としては,ピリドスチグミンの後,アザチオプリン1.5mg/kg/日を使用し,2ヵ月後に症状が改善した.これまで抗AchR抗体陽性例は報告されているが,陰性の場合,抗MuSK抗体の確認も必要である.また血清学的診断におけるCBAの重要性が示唆された.
Eur J Neurol. Jan 09, 2021(doi.org/10.1111/ene.14721)



◆頭痛は経過良好のCOVID-19患者の初期症状として生じる.
COVID-19における頭痛の特徴と関連する因子を検討することを目的とした症例対照研究がスペインから報告された.頭痛の特徴は,退院後の半構造化電話インタビューによって評価した.全患者379名中,48名(13%)が頭痛を呈した.うち30名(62%)は男性で,年齢中央値は57.9歳であった.頭痛は,年齢が若く,併存疾患が少なく,死亡率が低いことに加え,CRP低値,軽症の急性呼吸窮迫症候群(ARDS),口腔咽頭症状と関連していた.ロジスティック重回帰モデルにより,頭痛は Dダイマーおよびクレアチニン値,高流量鼻カニューレの使用,関節痛と相関し,尿素,高血圧は負の相関を認めた.頭痛の特徴は23/48名(48%)で聴取でき,頭痛発症が8/20名(40%),うち17/20名(85%)が軽度~中等度の強さであった.17/18名(94%)では圧迫性で,8/19名(42%)は頭部全体,7/19名(37%)は側頭部に局在していた.以上より,頭痛は予後の良好なCOVID-19患者に見られること,初発症状となること,圧迫性で頭部全体ないし側頭部の痛みを呈することが示唆された.
Eur J Neurol. Jan 08, 2021(doi.org/10.1111/ene.14718)

◆リツキシマブ療法を受けている多発性硬化症ではCOVID-19に罹患しやすい.
スペインから多発性硬化症(MS)患者におけるCOVID-19発生率と特徴について検討した研究が報告された.対象は93名で,MS患者における罹患率は6.3%であった.19名(20.3%)が入院し,2名(2.2%)が死亡した.多変量モデルにより,年齢(10年あたりのオッズ比[OR] 0.53),感染確定例との接触(OR 197.02),バルセロナ在住(OR 2.23),MSの罹病期間(5年あたりのOR 1.41),抗CD20療法を受けている期間(2年あたりのOR 3.48)は,COVID-19発症の独立因子であった.また年齢は重症COVID-19発症の独立因子であった(10年あたりのOR 2.713).血清学的検査を受けた79名のうち,45.6%が抗体陽性であったが,抗CD20(リツキシマブ)療法を受けていた症例では17.6%に減少した(図5).MS患者では,COVID-19の罹患率,危険因子,予後は一般集団と同様であるが,抗CD20療法を長期間受けた患者はCOVID-19に罹患するリスクが高く,抗体反応も生じにくい.
Eur J Neurol. Dec 19, 2020(doi.org/10.1111/ene.14690)



◆COVID-19では免疫調節能を有する腸内細菌が減少する.
香港からの報告.COVID-19患者の腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が疾患の重症度と関連しているか,またもしその組成に変化がある場合,SARS-CoV-2ウイルスの消失で改善するのか検討された.100 名の患者から血液,便を得て,また27名では,ウイルス消退後30日までの便を連続的に採取した.腸内マイクロバイオームの組成は,便から抽出した全 DNA のショットガンシークエンシングによって確認した.この結果,COVID-19患者の腸内マイクロバイオームの組成は,薬剤治療の有無にかかわらず,非COVID-19患者と比較して有意に変化していた(p<0.01).Faecalibacterium prausnitzii,Eubacterium rectale,bifidobacteriaなどの免疫調節能を有する腸内細菌は,COVID-19患者では十分に発現しておらず,ウイルス消失の30日後までの便でも同様であった.さらに,この異常な組成は,炎症性サイトカインやCRP,LDH,ASTなどの血液マーカーの上昇と一致し,疾患の重症度に応じて層別化できた.以上より,COVID-19患者において,腸内細菌叢が宿主免疫応答の調節を介してCOVID-19の重症度に関与している可能性が示唆された.
Gut. Jan 11, 2011(doi.org/10.1136/gutjnl-2020-323020)


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