Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症の生前診断は難しい!?(誤診率38%)

2015年07月23日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症の(MSA)の診断にはGilman分類が使用され,possible,probable,definiteの3段階に分類される(definiteでは病理診断を要する).この診断基準を用いた際の正診率についてはいくつかの報告があるが,他の変性疾患をMSAと誤診することもありうる.

今回,Gilman分類による臨床診断の確かさを検証する目的で,死亡時の臨床診断がMSAであった134例の背景病理の検討を行った論文がMayo Clinicから報告された.MSAの臨床診断で,背景病理がMSAであった症例とMSAではなかった症例の比較を行い,誤診の原因について検討を行っている.

対象はMayo clinic brain bankに1998年から2014年に登録された連続134症例.病理診断では既報に従い,アルツハイマー病理,レビー病理,タウ病理の評価を行った.MSAについてはαシヌクレイン病理を検討し,線条体黒質系の所見が強いものをMSA-SND,オリーブ橋小脳系の所見が強いものをMSA-OPCA,両者が同程度であるものをMSA-SND/OPCAと分類した.臨床情報は診療録から確認し,頭部MRIについても評価を行った.

さて結果であるが,83名(62%)のみが本当にMSAであり,何と51名(38%)が誤診であった!その内訳としてはDLBが19名(37%)と最も多く,続いてPSP 15名(29%)とPD 8名(15%),その他9名(18%:CBD2名,血管性パーキンソニズム2名を含む)であった.正診率は一般の神経内科医で33/53 (62%),movement disorder専門医で35/56(63%)と同じであった.Gilman分類に合致するか後方視的に確認したところ,49名はprobable MSA,35名はpossible MSAを満たしたが,残り41名はlevodopa有効性などの臨床情報が不足し判定不能であった.probable MSAでの正診率は71%,possible MSAでは60%であった.

つぎにMSA群,DLB群,PSP群,PD群の4群で比較を行った.脳重には相違はなかったが,DLB群とPD群のBraak NFT stage,およびDLB群のThal amyloid phaseはMSA群と比較して高度であった.臨床像に関して,MSAとDLBの比較では,MSAで尿失禁,四肢失調,眼振,錐体路徴候が多く,逆にDLBで認知機能障害と幻視が多かった.また,MSAとPDの比較では,PDで尿失禁は少なく,逆に幻視は多かった.最後にMSAとPSPの比較では,MSAで尿失禁,便秘,起立性低血圧,RBDが多く,逆にPSPで垂直方向性眼球運動障害が多かった.Levodopa反応性やMMSEは各群で有意差を認めなかった.

誤診の原因について,詳しい臨床情報のある症例を対象に検討したところ,DLBをMSAと診断する原因は自律神経障害であった.18例のDLB中17例が自律神経障害を呈し,うち14例ではMSAと診断した根拠となっていた.つぎにPDをMSAと診断する原因も自律神経障害であった.とくに病初期から高度の自律神経障害を認めたPDはMSAと診断されていた.最後に,PSPをMSAと診断する原因は,小脳性運動失調であった.PSPの3例が小脳性運動失調を初発症状としてみとめ,残り4名は経過中,小脳性運動失調が出現した(四肢失調6名,失調歩行6名,小脳性言語障害2名).またPSPの8名は自律神経障害を認め,7例は垂直方向性眼球運動障害を呈した.

画像所見に関して,小脳萎縮の頻度はMSAと比較しDLBで軽いが,脳幹・大脳・被殻の信号異常は4群間で変わらなかった.Hot cross bun signはMSAの1名でのみ認め,humming bird signもPSPの1名でのみ認めた.MRI施行から死亡までの期間は,MSAと比較しDLBやPDでは短かった(1.9年vs 3.8年).

以下,考察.
1)米国におけるMSAの正診率はわずか62%である.
従来の報告では29%から86%とあり,この範囲内と言える.本研究は,病初期のみならず進行期においても,MSAはDLB,PD,PSPと鑑別が難しいと述べている.

2)自律神経障害を認めるDLB,PDはMSAと誤診されうる.
DLBにおける自律神経障害は既報で知られているが,臨床の現場では必ずしも認識されていない.実際,6例のDLBは初期にはPDと診断され,自律神経障害の出現後にMSAと診断が変更された.PDでも同様に自律神経障害の合併のため,MSAと誤診されていた.またPDではlevodopa反応性の不良もMSAと誤診する原因となっていた.また認知機能障害がないか軽度であることも,DLBと正しく診断されない原因になっていた.つまりDLBで認知機能障害が軽度で,非定型パーキンソニズムを呈する症例はMSAと診断されうる.一方,DLBに対して4/18名しか神経心理学的検索が行われておらず,高次脳機能障害が見落とされていた可能性もある.以上より,DLBで認知機能障害がないか軽度で,自律神経障害あり,levodopa反応性に乏しい症例はMSAと誤診されうる.

3)小脳性運動失調を認めるPSPはMSAと誤診されうる.
MSAと誤診されたPSPは,NINDS-SPSP診断基準では診断の除外項目である小脳性運動失調を呈していた.具体的には,PSPの7例が小脳性運動失調を呈し,うち3例が小脳性運動失調を病初期より,かつ主徴として認めていた.これらの症例はPSPの1病型として,日本から報告されているPSP-Cに相当する可能性がある.このことは非定型パーキンソニズムに小脳性運動失調を認める場合, MSAに加えPSPを考慮する必要を示唆している.

4)臨床診断MSAの中にはPSP-Cが含まれている.
また本論文では私どもの論文を紹介し(Parkinsonism Relat Disord 2013; 19; 1149-1151),高齢発症,垂直方向性眼球運動障害と初期からの転倒の組み合わせはMSA-CからPSP-Cを鑑別するのに有用であることを確認している(ただしPSPでの自律神経障害の合併の頻度が少なくない点は異なる).

5)画像検査併用でも正診率が低いが,医療事情を考慮する必要がある.
また意外なことは頭部MRIを用いても,MSAの診断は難し買ったことである.しかし,よく見ると本研究ではMRIを行ったMSA患者のうち38%で異常所見なし,そして1例でのみhot cross bun signを認めている.この陽性所見の頻度が低い理由としてはMRIの施行時期を挙げている.米国では初期に検査が行われるが,その後,進行期に繰り返しMRIを行うということはあまりないそうだ.また画像検査の読影も変性疾患には詳しくない一般放射線科医により行われるため,hamming bird signのようなPSPに特徴的な所見を認めてもMSAと誤診されている症例がある.以上のような理由で,MRIが正診率の向上に寄与していないようだ.よって,今回の結果を,MRIを容易に施行できる日本に当てはめるのは無理があるように思われる.またMRIに加えて,日米のMSAのサブタイプの頻度の違いも影響している可能性がある(MSA-Pのほうが診断がしにくい).

6)研究の問題点
後方視的研究であり臨床情報が完全ではないこと,嗅覚低下など鑑別診断に有用な所見の情報がないこと,MRI以外の画像情報がないこと,症例によって臨床診断や剖検の時期がばらばらであることが挙げられる.

7)感想:日本ではどうか?
MSAの診断の精度は,患者さんの治療やケアを考える上で重要である.また病理診断を行っていないMSA症例を対象とした臨床研究を行う場合,もしくは将来,病態抑止療法が可能になった場合を考えると正診率は重要になってくる.では日本人でのMSAの正診率はどうであろうか?渉猟した範囲ではそのような論文の報告はないように思われるが,新潟大学脳研究所でのCPCの経験からは正診率が本研究のように低いとは思えない.この理由はおそらく2つあり,日本では米国と比べ,画像診断がこまめに行われれていること,そして診断が比較的容易なMSA-Cの頻度が高いことが考えられる.よって本研究の結果をそのまま日本に当てはめる必要はないように思われるが,MSA-Pの診断に関しては,自律神経障害を合併したDLBやPDを鑑別に挙げること,MSA-Cの診断に関しては,病初期に小脳萎縮が目立たず,垂直方向性眼球運動障害を合併する症例ではPSP-Cも鑑別することが必要である.また夜間のRBDや吸気性喘鳴・声帯開大付全,高度の睡眠時無呼吸などのMSAのnon-motorの症候にも注意する必要があるだろう.

Neurology. 2015 Jul 2. pii: 10.1212/WNL.0000000000001807.

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