日本神経学会学術大会の学会場で,古書の販売が行われていました.買い物を3つほどしました.うちひとつが「神経学の父」と呼ばれるJean-Martin Charcot先生(1825-1893)による1886年(明治19年)の書簡でした.高価でしたが直筆の署名を目の前にして,心が動きました.額装をしてもらい部屋に飾りました.
「内容は分からないけど,Charcot先生の手紙です」という事態は避けたいと思い,書簡の解読に取り組みました.まず次の文面であることを突き止めました.
Cher monsieur, Je viens vous prier de vouloir bien considérer de très près, la demande qu’a faite notre secrétaire d’académie M. Maindron. Vous savez qu il désire une direction quelconque dans l’administration de l’Exposition Universelle. Sa demande vous a déjà été recommandée entre autre par l’amiral Cloué, M. Brown-Séquard, notre ami Naquet, etc. Je viens à mon tour, cher monsieur, vous dire que vous auriez en M. Maindron un excellent administrateur et archiviste. Je vous prie, cher monsieur, d’agréer l’assurance de mes sentiments affectueux. Charcot 1886 5 juillet
英語に訳すと以下になります.
Dear Sir, Please consider very carefully the request made by our academy secretary, Mr. Maindron. You know he wants some direction in the administration of the World's Fair. His request has already been recommended to you by Admiral Cloué, Mr. Brown-Sequard, our friend Naquet, etc. I come in my turn, dear sir, to tell you that you would have in M. Maindron an excellent administrator and archivist. Please accept the assurance of my affectionate feelings, dear sir. Charcot 1886 July 5
いくつか人名が出てきます.脊髄半側症候群に名を残すBrown-Séquard先生(1817-1894),そしてNaquetはAlfred Joseph Naquet先生(1834-1916)であり,有名な「Charcotの臨床講義(1887)」の絵の中にも描かれている医師・政治家です(下記文献参照).そしてAdmiral ClouéはGeorges Charles Cloué提督(1817-1889)でした.
この書簡は上記の3人とともにCharcot先生が,Mr. MaindronをWorld's Fair,すなわち1889年(エッフェル塔が建設された年)のパリ万国博覧会(図)のある部門の責任者にすることを,博覧会の責任者であるJean-Charles Adolphe Alphand(1817-1891)宛てに推薦したもののようです.
ここでの主役,Mr. Maindronですが,フランスの歴史家Ernest Maindron(1838-1907)でした.科学アカデミーや科学者についての研究に加え,まだ当時,新しいコミュニケーション手段であったイラスト入りポスター(下図)を芸術の域にまで高めたことで知られる人物のようです.
そして私が気に入った手紙の上部の図柄ですが,フランス科学アカデミーのレターヘッドでした.鳥が描かれた美しい兜をかぶったミネルバ(ギリシア神話のアテネと同一視されたローマ神話の女神,音楽・詩・医学・知恵等を司る)のイラストが描かれています(鳥については「ミネルバのふくろう」は有名で「知恵のある鳥」を意味しますが,ふくろうではないように見えます?).
何の情報もないところから始めましたが,いろいろ分かってきました.実は医学史研究家で,2020年フランス国立医学アカデミー賞受賞者のDr. Olivier Walusinskiに相談をしました.以前,Niceで開催されたMDSでお目にかかって以来,親交があります.「嬉しい知らせをありがとう.宝物を見つけたね!」とお返事をくださり,すぐにいろいろなヒントをくださいました.朝のカンファレンスで若手にもこの話をしました.神経学の歴史にも関心を持っていただけると嬉しいです.
Harris JC. A clinical lesson at the Salpêtrière. Arch Gen Psychiatry. 2005 May;62(5):470-2.
「内容は分からないけど,Charcot先生の手紙です」という事態は避けたいと思い,書簡の解読に取り組みました.まず次の文面であることを突き止めました.
Cher monsieur, Je viens vous prier de vouloir bien considérer de très près, la demande qu’a faite notre secrétaire d’académie M. Maindron. Vous savez qu il désire une direction quelconque dans l’administration de l’Exposition Universelle. Sa demande vous a déjà été recommandée entre autre par l’amiral Cloué, M. Brown-Séquard, notre ami Naquet, etc. Je viens à mon tour, cher monsieur, vous dire que vous auriez en M. Maindron un excellent administrateur et archiviste. Je vous prie, cher monsieur, d’agréer l’assurance de mes sentiments affectueux. Charcot 1886 5 juillet
英語に訳すと以下になります.
Dear Sir, Please consider very carefully the request made by our academy secretary, Mr. Maindron. You know he wants some direction in the administration of the World's Fair. His request has already been recommended to you by Admiral Cloué, Mr. Brown-Sequard, our friend Naquet, etc. I come in my turn, dear sir, to tell you that you would have in M. Maindron an excellent administrator and archivist. Please accept the assurance of my affectionate feelings, dear sir. Charcot 1886 July 5
いくつか人名が出てきます.脊髄半側症候群に名を残すBrown-Séquard先生(1817-1894),そしてNaquetはAlfred Joseph Naquet先生(1834-1916)であり,有名な「Charcotの臨床講義(1887)」の絵の中にも描かれている医師・政治家です(下記文献参照).そしてAdmiral ClouéはGeorges Charles Cloué提督(1817-1889)でした.
この書簡は上記の3人とともにCharcot先生が,Mr. MaindronをWorld's Fair,すなわち1889年(エッフェル塔が建設された年)のパリ万国博覧会(図)のある部門の責任者にすることを,博覧会の責任者であるJean-Charles Adolphe Alphand(1817-1891)宛てに推薦したもののようです.
ここでの主役,Mr. Maindronですが,フランスの歴史家Ernest Maindron(1838-1907)でした.科学アカデミーや科学者についての研究に加え,まだ当時,新しいコミュニケーション手段であったイラスト入りポスター(下図)を芸術の域にまで高めたことで知られる人物のようです.
そして私が気に入った手紙の上部の図柄ですが,フランス科学アカデミーのレターヘッドでした.鳥が描かれた美しい兜をかぶったミネルバ(ギリシア神話のアテネと同一視されたローマ神話の女神,音楽・詩・医学・知恵等を司る)のイラストが描かれています(鳥については「ミネルバのふくろう」は有名で「知恵のある鳥」を意味しますが,ふくろうではないように見えます?).
何の情報もないところから始めましたが,いろいろ分かってきました.実は医学史研究家で,2020年フランス国立医学アカデミー賞受賞者のDr. Olivier Walusinskiに相談をしました.以前,Niceで開催されたMDSでお目にかかって以来,親交があります.「嬉しい知らせをありがとう.宝物を見つけたね!」とお返事をくださり,すぐにいろいろなヒントをくださいました.朝のカンファレンスで若手にもこの話をしました.神経学の歴史にも関心を持っていただけると嬉しいです.
Harris JC. A clinical lesson at the Salpêtrière. Arch Gen Psychiatry. 2005 May;62(5):470-2.