ハリックの診断即治療&虹彩と、Kenさんの経済学&スケッチ

虹彩には、体質や、現在、過去、未来、のデータが秘められています。虹彩学による虹彩分析を針灸、巨針、食事療法の指針に!

スクレラとは白目のことです

2015-03-18 10:58:29 | 診断即治療と虹彩学



慣れるというのは、いい面もあるのですが、都合の悪いこともあります。
たとえば、「虹彩」という言葉を知っている人は多いのですが、「スクレラ」と言うと、「なに?」と聞き返される場合があります。

これは、何年も同じ言葉を使っているとそうなってしまうもので、方言でも同じようなことが起ります。
おもしろいと思ったのは、広島の「みてた」という言葉です。
「みてた」と聞くと、「見てた!」とか「満てた!」と思いがちですが、実は「なくなった」ということなのです。
知ってましたー?

東洋医学の単語にも、そのように勘違いする言葉がいろいろあります。
たとえば、東洋医学で「気」と言えば、現代風に言うと「エネルギー」に置き換えて考えることができますが、「気の問題ですね」と言うと、「気(心)のせい」と捉えられることもあります。
そこは、東洋医学を学んでいる人が気を付けなければならないところで、専門用語を使うときは「注釈」をつけて説明する必要があります。

と言いながら、僕も平気で「スクレラ」という言葉を使ってしまう場合があります。
このブログを読まれている方はご存知かも知れませんが、スクレラとは「白目(強膜)」のことです。

さらに「スクレラ分析」と言われると、「どのように分析するの?」と質問が返ってきそうですので、少しだけ説明させていただきます。

眼科で行う診断とは別に、目からの診断には、「虹彩分析」と「強膜分析」があります。
虹彩分析はその人の食歴や病歴、及び体質を診ることができ、長期的な治療計画が立てられますが、スクレラはだいたい2~3か月前までの体の状態を知ることができる場合が多く、新生物(腫瘍や筋腫)の早期発見に役立てることができると考えております。

東洋医学の診断である四診(望・聞・問・切)で診断できないところまで診断することができることが利点だと考えていますが、その方の目を撮影した写真を使いますので「客観的診断」になりますし、写真をデータで保存することもできますので、患者さんの「体の歴史」を残すこともできます。

今回出版した『写真で学ぶスクレラ分析』は、10数年かけた膨大な資料を整理したもので、撮影した写真を患者さんと共通の情報にすれば、東洋医学界の発展になるし、写真なので、客観的な診断をすることもできます。



本書の特徴は、東洋医学理論で分析マップを作成したことにあり、欧米のマップとは大きく違います。
東洋医学理論での分析マップとは、経絡で分析することができ、経絡で治療することもできるということです。

この本と合わせて、DVDも出版するのですが、これらを利用することで、誰でも簡単な分析ができるようになり、ちょっと困ったことぐらいなら、スクレラを分析して、分析結果に合わせて簡単な指圧や家庭療法やアロマなどを使って症状を緩和させることができるようになります。

そして慣れてくると、目を見ただけで、「あ、この人は怒りっぽいかも知れない」とか、「この人はちょっと臆病かも知れない」ということが分かるようになります。
それは、東洋医学には「五臓と七情」というのがありまして、臓腑の弱点から感情を判断する方法を応用した方法です。

相手の特質を知って会話をすることは、相手にいい気分で話をしてもらうコツでもあり、楽しく時間を過ごすコツでもあります。



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原油安が影落とし、世界経済政治に不透明化進む、米FOMC声明文待ちで、NYダウ128ドル安

2015-03-18 10:33:49 | 経済学
(学校で教えてくれない経済学)


NY原油(WTI)先物相場が17日、終値ベースで2009月3月11日以来の安値のバレル43.46ドルで終了した。42.82ドルで引ければ今年最高値から20%下落を意味し、弱気相場入りすると18日付ブルームバーグニュース電子版でMarkShenk記者が書いた。一方、同日付ブルームバーグでGrantSmith記者は「原油の価格変動は7~12月(下期)に緩やかになる。米国の原油生産は12月までに減少し始める可能性が高い。ただ、3年以内にバレル100ドルに上昇することはないと話した」と書いた。同記事によればテイラーCEOは17日、ケープタウンで開かれた会議で「現行の価格で操業を継続することは一部の米企業に不経済だ。最終的には供給を削減する。供給が鈍るまでは価格がさらに下がる可能性がる」と指摘したと書いた。

17日付のブルームバーグでKellyGilblom記者は「米シエール層掘削企業を解雇された労働者がサウジアラビアで勤務先を見つけた。そんなニュースが原油相場下落を促したとの見方もある。サウジアラムコはシエール掘削でリーダーシップを取りたい。そのためシエール掘削の専門家獲得に乗り出した。昨年11月以降で米国の石油関係企業に解雇された労働者は数万人に上る。サウジでは生産性の高い油田の老朽化が進んでいる。アラムコとしても「非在来型」鉱床を開発し挽回を狙っているようだ」と書いていた。

これもまた石油関連のニュースである。18日朝放送のNHK/BS「ワールドニュース」でドイツZDFは「アフリカ最大の産油国ナイジエリアで3月末予定の大統領選挙を控えて政治的混乱が加速化している。ナイジエリア国家収入の70%を石油に依存する。石油相場の暴落で経済が混乱、それがイスラム過激派組織ISがボコハラムを傘下に収める行動にまで発展させた。」と伝えていた。国家収入の90%を占めるべエネズエラや石油に財源を依存するブラジルでの大規模な反政府デモも原油暴落が引き金となった。昨日英BBCが伝えた英スコットランドでの深刻な失業問題も軌道を一にした動きだろう。原油相場が少なくともバレル60ドル前後に戻らない限り動きがとれない産油国が増えてきた現状は世界の政治経済の不安定化の新たなリスクである。

一方、NY外国為替市場では、2月の米住宅着工件数がここ4年で最大の減少率を記録した。18日発表予定の米FOMC(公開市場委員会)声明文を控えて、米FOMCが「辛抱強く」という文言を据え置くとの見方が出てきた。ドルのこのところの強さもFOMCの利上げ意欲を妨げているとの見方もある。利上げ期待の後退観測がドル相場の上昇にブレーキをかけた。ドルは対ユーロで続落、1ユーロ=1.0597ドルで取引された。対円では1ドル=121.33~36円、1ユーロ=128.48~51円で取引されたとブルームバーグでLananhNguyen記者が書いた。利上げ期待後退で債券が上げ米10年物国債利回りは2.052%へ低下した。NY株式市場ではFOMCを控えて不透明感が強く、NYダウは前日比128ドル安、17,849ドルで取引を終えた。NY金はオンス1,148.30ドルへ続落。原油安が大きく影響している。(了

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「神戸風景今昔」三宅康夫写真展風景(スケッチ&コメント)

2015-03-18 09:19:04 | スケッチ


「神戸風景今昔」三宅康夫写真園風景

江嵜企画代表・Ken


月曜から二日続きのぽかぽか陽気に誘われて、火曜日の3月17日、
神戸へ出る機会があり、たまたま神戸元町通り三丁目にあるギャラリー
Miyakeで開かれている「神戸風景今昔」、三宅康夫写真展を訪れた。

 70年前の3月17日、神戸は犠牲者8,000人以上を出したと伝えられる
大空襲に見舞われた。会場には戦争の前と戦後の元町3丁目界隈の様子を当時
ミヤケカメラ店主、三宅康夫氏がカメラに収めた中から20数枚の写真が
展示されていた。

 筆者が神戸で戦災に遭った話を会場ギャラリーにおられたさるご婦人と
話していた時、なんと、ギャラリー奥の部屋から一体の人形を出してこられ
「これは私の父です。私が作りました。」と我々夫婦に紹介いただくハプニングが
あった。

 先ほどまで話していたご婦人は、実は現ギャラリーMiyakeのオーナー、
藤原操さんだと分かった。話に花が咲き、次回人形の個展を開くときには
案内したいので是非筆者の住所を書いて欲しいというのである。

 藤原さんの父上の三宅康夫氏は6年前に他界された。88歳だったそうだ。
大正9年生まれという。祖父は建具店を今ギャラリーのある同じ場所で開
いておられた。父上はカメラ店、そして今は娘さんの藤原操さんがギャラ
リーを経営しておられる。まさにファミリーヒストリ―の一端を知らされた。

 ご縁と云うのはつくづく不思議だと思う。偶然だという人もいる。
その一方で、あらかじめ約束されていた必然だという方もおられる。
歳を取ったせいもあろうが、最近とみに後者に味方するようになった。

 実はこの日の当初の目的は元町4丁目のピアノピアノという画廊で遠縁の
Kさんの作品展を見ることだった。作品展で偶然出会ったさるご婦人と、
帰路、路上でばったり再会、「神戸風景今昔」の写真展はなかなかよかったと
言い残して通り過ぎた。彼女と再会していなければ、先のギャラリーMiyake
での出会いはなかったであろう。

 神戸を襲った70年前の3月17日の大空襲では阪神青木駅前の祖父母の
自宅に避難していて筆者は難を逃れた。3月17日の大空襲の後、祖母が
神戸三宮にあった自宅の焼け跡を見せに当時7歳の孫の筆者を連れてきた。
祖母のお蔭で今も当時の情景が目の奥に焼き付いている。

 神戸大空襲70年後の3月17日の不思議なご縁は、きっとご先祖さんが
用意してくれたに違いないと感謝している次第である。(了)

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