思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

民主党は、「主権在官」から「主権在民」への大変革を行うはずでした。

2012-07-05 | 社会批評


民主党の政治哲学は、官との対決であったはずです。
国会議員が猿回しの猿にされている状態を変えるはずでした。
官が治める明治以来の「官僚政府」とも言うべき事態を変え、人民主権を徹底させ「民」が主体の社会をつくるはずでした。
「主権在官」から「主権在民」の国家に変えるはずでした。

 でも、見て下さい。

 「財務省」の意向通りの政治。
「経済産業省」の意向通りの原発再稼働
「宮内庁」の意向通りの天皇制の運営。
「検察庁」の意向通りの法務運営。

・・・・・・あげれば全部ですが、

【人事権】という一番重要な権力も、旧態のまま。官の集合意識が行う惰性態人事を変えることさえできません。

 はやり、わが日本は保守主義(既存の枠組みが絶対)から出られず、アメリカと官庁の支配から抜けられないようです。

 一人ひとりの内側から湧き上がる力=裸の個人としての実力がない人間をつくる型ハメ教育(事実学の累積=「東大病」)では、社会は変えられません。教育の地盤変位が必要です。左右を問わず「紋切型」が跋扈しますが、どちらも同じ穴のむじなです。

武田康弘

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする