今日では明白になっているように、昭和天皇の裕仁は、近衛文麿を退けて、自分のお気に入りの東条英機を首相としてアメリカとの開戦に踏み切りましたが、それは、開戦わずか半年後の「ミッドウェー海戦の大敗」で、勝敗が決していました。
後は、天皇という現人神(あらひとがみ)がいる神国日本(しんこくニッポン)が負けることは許されないという「狂気の想念」により、無謀な戦争を3年以上にわたり惰性で続け、最後は、硫黄島の玉砕・東京大空襲・沖縄の言語を絶する惨劇・驚愕の原爆投下に至り、「日本がこれ以上戦争を続けるならば、連合国は、日本全土を壊滅させる。」という『ポツダム宣言』を受諾し、『降伏文書』に署名して敗戦したのでした。
東京新聞の連載(「戦争の記憶をたどる」)二回目は、この節目となった「ミッドウェー海戦の大敗」にまつわる証言です。