思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

待望のペライアのベートーヴェンピアノソナタ29番14番ー「美しさによる覇気」という新たな世界。

2018-03-30 | 芸術

 

 ベートーヴェンのヘレン版校正作業を続けているマレイ・ペライアは、録音に恐ろしく慎重で、ようやく29番(規模も内容も最大のソナタ)と14番(月光)が出ました。待望の新録音です。

 わたしが敬愛するペライアですが、ベートーヴェンの録音は少なく、あまり得意とはいえません。彼の美音・濃やかさと、ベートーヴェンが要求する反世俗的な理念・精神の強靭さ・不退転の意思が合わないからです。

 で、結果は、ウン、素晴らしい!
 史上最美の演奏と思います。ていねいで、優しく、美しい。美しさのもつ強さで新しいベートーヴェンをつくりました。ペライアは自身の特質に徹しています。柔らかみのある粒の揃った美音が得難い魅力を放ち、何度でも繰り返し聴きたくなります。もう8回聴きました。

 最大のソナタ29番は、豪胆な覇気ではなく、「美の力がもつ覇気」とでも言うべき新しい演奏で感嘆するほかはありません。豊かな和声は、交響曲のような広がりをもちます。
 月光ソナタは、もともとペライアの美質にあった曲ですが、濃やかで緻密な美に唖然とします。出だしから辺りを照らす月の光が目に見えるようです。 
 二曲ともに迫力も十分ですが、キツくならず、柔らかみと余裕感のある打音です。音の粒が見事に揃い、実にきめ細かく技術的にも最高の演奏で、さすがというほかありません。
 月光の第三楽章の強打は、キレと思い切りがよく爽快で、かつてのペライアにはなかった強さに打たれます。70歳にしてこういう前進ができるとは、驚きです。それに二曲とも躍動感に溢れ、若いころよりもダイナミックで気持ちのよい演奏です。growing young!

 動的にして完璧なる美としてのベートーヴェン、それが彼の出した解答です。あまりにも美しい音と演奏で、ベートーヴェンの曲のイデーとは異なる点もあると思えますが、強弱や緩急を含めて、抗しがたい魅力の塊であること確かです。だれよりも和声を重視し、交響的な広がりと大きさを特徴とするペライアは、もとよりベートーヴェンのもつ大きさをあらわすには最適ですので、豪胆さや強靭さには不足しても、「美による覇気」は、新たな世界を拓いたと言えるでしょう。

 

 

武田康弘

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