「東欧の採音譚」(さいおんたん)と題して東ヨーロッパの音楽事情を紹介している伊東信宏(音楽学者)さんは、いま、世界で最も注目を集めているヴァイオリニストのコパチンスカヤに誘われて、彼女の故郷・モルドヴァへの旅を共にしました。
その様子が今月の「レコード芸術」(2019年11月号)に記されていますが、そこに紹介されているコパチンスカヤの或る行為にわたしは震え、涙しました。以下に書き移します。コパチンスカヤは商業主義を否定する天才指揮者クルレンツィスの最高の同伴者でもあります。
「旅をしていて、一番印象に残ったのは、コパチンスカヤがモルドヴァの土にこだわっていたことだ。街を出るとあたりは草原や林、そして畑になるのだが、その畑の土がとても黒い。フカフカしていて、暖かそうで、素人目に見てもとても肥妖な土地であることが伝わってくる。彼女は車の窓から見えるそんな土地に歓声を上げて、車を止めた。現代の音楽会の紛れもない寵児であるコパチンスカヤが、故郷の土の黒々とした肥妖さに声をあげ、土を掴むような仕草をするのを見て、筆者はわけもなく動かされた。彼女のルーツがモルドヴァにある、というにはわかっているつもりだったけれど、それは「郷愁」とか「民族性」とか、そういう観念的なものではなくて、もっと具体的なもの、たとえば土の黒さとか暖かさの感覚といった、手触りのはっきりしたものなのだ。その結びつきが具体的であるからこそ、我々は彼女のう演奏に揺さぶられる。ベルリンフィルで協奏曲を弾くほどに成功しても、この土地との結びつきを決して手放さないことこそ、彼女の最も大きな才能だろうと思う。」(レコード芸術11月号 56ページ)
コパチンスカヤの演奏を聴いたことのある人には、深く合点がいく話だと思いますが、裸足で演奏する彼女の都会的な表層美とは異なる究極のチャーミングさの秘密を知るおもいです。「都会のモダン性にはファンタジーがない。ほんとうのモダニズムは土着文化に根差している」というクルレンツィスの言葉とピッタリです。これぞほんものです。現代の商業主義は、人間性の豊かなエートスを抜きとってしまうのです。金もうけ主義が跋扈する世界は生きるに値しません。
コパチンスカヤは、
今年、2月に初来日したクルレンツィス+ムジカエテルナの最高の同伴者。
クルレンツィスとは一心同体のよう。
写真は、2月11日、墨田トリフォニーホールで、
チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲演奏後に武田撮影。
超絶の名演に狂気する観客と。
武田康弘