思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「元号」教は憲法違反です。どこでも通用する暦(ユリウス暦を補正した世界暦)を使いましょう。今年は2020年です。

2020-01-11 | 恋知(哲学)

 明治政府がつくった「天皇教」という新興宗教は、天皇と呼ぶ一人の人間と時代名を一つにして、日本に生まれた人間にそれを強要する国家宗教です。

 今もなお生年は、役所ではすべて元号(岩倉具視がつくった一世一元の元号制度)で書かせていて、自由を認めません。生まれたときから個人の自由を認めず、人権思想に反する行為をするのが、明治以降の日本という国なのです。

 憲法13条では、個人の尊重を謳い、
 憲法19条では、思想および良心の自由を保障しています。

 それにもかかわらず、「明治政府がつくった国家宗教=天皇教」のシンボルである時代表記を強制することが平然と行われています。

 ほんらい、自由と民主主義(人権思想を柱とする)を国是とする国では許されないことですが、この点を明確にしている政党は共産党しかありません。しかし共産党は共産主義をかかげる政党ですので、個人の自由を中心におく民主派の人は支持しづらいので困ります。

 

 今すぐできることは、わたしたち一人ひとりが、元号を使わないことです。
今年は、2020年であり、私の生年は、1952年です。私の死は、20◇◇年です。

 わたしは、天皇教徒ではありません。大仰な儀式の天皇教(独自の中身はなく、その時々の世俗の価値を肯定する集団同調ism)は、もの心ついてから一度もよいと思ったことはありません。わたしは、幼いころから父との対話により「考える」人間として育ってきたフィロソフィー(恋知)の人です。天皇教的心性とは無縁の存在で、自覚的な実存者です。


 みなさまも、元号教の呪縛から自由になり、頭を上げ、前を見て、自分自身の人生を堂々と生きようではありませんか。ブッダの言う通り、人は誰もみな天上天下唯我独尊として生まれてきたのです。

 

憲法20条

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 

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太陽暦は、4000年以上前からのエジプト暦が最初で、 閏年を入れた紀元前45年制定のユリウス暦、 16世紀末にそれを少し補正した改良ユリウス暦(400年に100回の閏年を97回にしたもの)=それをローマ教会がグレゴリオ暦と改名(まるでキリスト教の暦かのように見せるため)です。


 日没(式根島で)

武田康弘

コメント
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