思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

社会常識はあるが、フィロソフィーはない。それは、最も魅力のない人です。

2020-01-31 | 学芸

社会常識はあるが、フィロソフィー(恋知する)はない。それは、最も魅力のない人です。

哲学なしの常識人。

灰色の大人たちは、型ハマリのこどもをつくります。

この世から魅力(惹きつけられるもの。品位ある艶やかさ、自由で溌剌、内から湧き上がる豊かさ)を消去するのは、管理主義=厳禁の精神=型と序列=儀式主義。

自由に伸び伸び。思い切り・全身で・心の底からという世界がなく、人間がいないのは、言葉にならぬ地獄です。

わが日本の不幸の根源は、社会常識はあるが、フィロソフィー(恋知する)がないことです。

魅力に乏しい存在に堕ちたのでは、あまりに哀しい。


魅力の塊のようなピカソ


武田康弘

 

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検事とは【自己絶対化の病】に犯された人々のようだ。これは実存と構造の双方の問題。

2020-01-31 | 社会批評

弘中弁護士の事務所を捜索!!

これは、東京地検特捜部による嫌がらせー検事たちの鬱憤晴らしでしかない呆れた仕業としか言えません。

あまりにも愚かしく批評するレベルにありませんが、

数々の冤罪に対して一度も自己反省はなく、巨大な権力を乱用して「正義」という美名に陶酔する人間がどのような育ちによりつくられるのかという=実存レベルでの探求(単純な受験主義によりフィロソフィーなき人間に堕ちる)と、

検察権力の自己絶対化を許す非&反民主的な構造(オンブズマン=チェック機関がなく、管轄の法務省が丸ごと検察官でしめられている=行政権による司法権の抑圧)を正していかないと、国連から繰り返し批判される日本の司法はどうにもなりません。

日本も人権思想を理解し了解する国にならなければ、世界の孤児のままです。 「先進国」とは無縁の存在のままでよいのでしょうか。

三権分立の民主主義の原則がない国では話になりません。

写真は、憲政記念館、国会前の広場に立つ三面時計塔(三権分立を表す)です。昨日撮影

武田康弘

 

 

 

 

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憲政の神様・尾崎行雄は、桂総理を指さして、弾劾。 衆議院「憲政記念館」に展示されている絵に感動!

2020-01-31 | 学芸

議会政治の父、憲政の神様と呼ばれる尾崎行雄を記念する衆議院「憲政記念館」は、国会議事堂のすぐ横にありますが、

最初の部屋には、以下の絵が掲げてあり、パンフレットには「桂太郎総理大臣が、自分に都合よくルールを使うので、それは憲政の精神に反すると指さして批判している。と書かれています。1913年(大正2年)尾崎行雄55歳の時の演説。

まるで、今の総理大臣のことを指しているようです。皆で指さしましょう。

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員)

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