思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

核戦争を避けるにはウクライナがロシアに譲歩すべきだー21世紀の良心・チョムスキーの提言

2022-04-20 | 社会批評

ノーム・チョムスキーの考えは、結語はわたしと同じです。これ以外はないと確信します。
以下に載せます。
武田康弘


21世紀の良心・チョムスキーのインタビュー記事

 
ノーム・チョムスキー米国マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授//ハンギョレ新聞社

 世界的な反戦知識人であるノーム・チョムスキー米国マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授(94)が、核戦争を避けるにはウクライナがロシアに譲歩すべきだとする意見を出した。

 チョムスキー教授は13日、米国の急進的政治メディア「カレント・アフェアーズ」のネイサン・ロビンソン編集長との核戦争の脅威をテーマにしたポッドキャストによる対談で、「ウクライナについては二つの選択肢がある」とし、一つ目は「交渉による解決」で、二つ目は現在のように「最後まで戦うこと」だと述べた。

 彼は、「最後まで戦う案」には「核戦争の可能性がある」とし、ウクライナの抗戦を率いているウォロディミル・ゼレンスキー大統領について「批判しようとするのではない。尊敬に値する人物であり、偉大な勇気を見せてくれた。しかし、世界の現実にも注目すべき」と述べた。チョムスキー教授は「私たちはゼレンスキーに戦闘機や高性能兵器を提供できるが、プーチンはウクライナに対する攻撃を急激に強め、高性能兵器の供給網を攻撃しうる。そして、すべてを完全に破壊する核戦争に陥る可能性がある」と述べた。核兵器を保有するロシアが、実際にそれをウクライナを対象に使うこともありうると警告したのだ。

 チョムスキー教授は、そのような側面から最近、「プーチンによりいっそうの圧力をかけ、ウクライナへの支援を強化しなければならない」と主張したヒラリー・クリントン元米国国務長官らを批判したりした。

 チョムスキー教授は、もう一つの選択肢である「交渉を通じた解決」について、「私たちは、唯一の代案である外交的解決という現実を直視する」とし、「プーチンと少数の側近に退路を開くものであり、醜悪なものだ」と述べた。チョムスキー教授は具体的に、妥協案の「基本的な枠組みは、ウクライナの中立化、おそらく、ウクライナの連邦の構造のなかで、ドンバス地域に高度の自治権を付与するものかもしれない」とし、「好むと好まざるとにかかわらず、クリミア半島は交渉対象ではないということを認めなければならない」と述べた。親ロシア派分離主義勢力が掌握するウクライナ東部のドンバス地域を、ウクライナは独立地域と認めなければならず、2014年にロシアが強制合併したクリミア半島についても、ロシアの支配力を認める必要があると助言したのだ。

 チョムスキー教授は「あなたはこの案を好まないかもしれないが、明日ハリケーンが来るのに『ハリケーンは好きではなく』『ハリケーンを認めることはできない』などと言うばかりではそれを防ぐことはできず、何の効果もない」と述べた。彼は「(譲歩案がロシアの)もとに届くようなものかどうかは、試してみることでわかるにもかかわらず、私たちはそのような試みを拒否している」と述べた。

 言語学者であるチョムスキー教授は、ベトナム戦争を激しく糾弾するなど、米国の代表的な批判的知識人に挙げられる。最近も、核戦争や気候変動の危機を警告し、旺盛に活動している。

ファン・ジュンボム記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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大島久子さん(白樺派最後の生き証人)から、柳兼子さんの貴重な著作をプレゼントされました。とても感謝です。

2022-04-20 | 芸術

大島久子さんは、今年で98歳ですが、お電話での声も大きく張りがあり、若若しいです。

久子さんは、柳兼子さんのただ一人の内弟子で、駒場の民芸館に一緒に住まわれていた方です。柳と志賀直哉は姻戚関係でしたので、志賀も頻繁に訪れてその話をよく聞いていて、わたしに面白い話をいくつか教えてくれました。

わたしの書いた「柳宗悦への見方」や「恋知1章2章」や「わたしと共和制ー楽しい公共社会を生むために」などについて、お褒めのお手紙を頂いたり、賛同のお電話を頂いたりで、励まされます。故松橋桂子さん(清瀬保二さんのお弟子で「柳兼子伝」の著者)のご紹介で、もう20年以上のお付き合いです。たいへんなお嬢様とのことで(松橋さんからのお話)、他人の家に遊びに行ったことは一度もないそうですが、はじめて、拙宅に遊びに来られました。長時間お話して意気投合しましたが、名誉なことだと思いました。

その大島久子さんから、とても貴重な本をプレゼントされました。以下に写真を載せます。柳兼子さんの1933年(昭和9年)の著作です。
この後、ベートーヴェンの歌曲本も出す予定でしたが、時代状況が悪くなり、果たせなかったとのことです。





 

 



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以下は、大島久子さんからの今年の年賀状ですが、98歳になるとはとても信じられません(驚)





武田康弘

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