★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

気圏の松藻だ

2015-10-24 23:55:38 | 文学


 そらのふちは沈んで行き、松の並木のはてばかり黝んだ琥珀をさびしくくゆらし、
 その町のはづれのたそがれに、大きなひのきが風に乱れてゆれてゐる。気圏の松藻だ、ひのきの髪毛。
 まっ黒な家の中には黄いろなラムプがぼんやり点いて顔のまっかな若い女がひとりでせわしく飯をかきこんでゐる。
 かきこんでゐる。その澱粉の灰色。
 ラムプのあかりに暗の中から引きずり出された梢の緑、
 実に恐ろしく青く見える。恐ろしく深く見える。恐ろしくゆらいで見える。

――宮澤賢治「女」