その草山の向うの、海の向うの、大陸の向うの、星座の向うの、まだまだずっと向うの、大地が作る半円球越しの何千里か向うの広い広い土地は、まだその日の正午近くらしかった。その焦げ付く程熱した、沙漠の塵埃だらけの大空に、何千年か前から漂い残って、ニュートンの引力説に逆行し、アインシュタインの量子論を超越した虚空の行き止まりにぶつかって、極く極くデリケートな超短波の宇宙線に変化しながら、やっと引返して来たイーサーの霊動が、蛍の光のように青臭く、淋しく、シンシンと髪切虫の触角に感じて来るのであった。
それはナイル河底の冥府の法廷で、今から一千九百六十五年前に、記録係のトートの神が読上げた、神秘的な、薄嗄れた声が大空の涯から引返して来た旋律に相違なかった。
青桐の幹にシッカリと獅噛み付いた髪切虫の触角がピインと一直線に伸び切って、眼にも止まらぬ位すばらしく細かく……ブルルン……ブルルン……ブルブルブルルルルルルルルルルルルルルルルル……と震動し初めた。
――夢野久作「髪切虫」