★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

泣くセンスと涙のセンス

2020-10-11 23:12:20 | 文学


今日、破子持たせて来る人、その名などぞや、今思ひ出でむ。この人、歌をよまむと思ふ心ありてなりけり。とかくいひいひて、「波の立つなること」とうるへいひて、よめる歌、
 行く先に立つ白波の声よりもおくれて泣かむわれやまさらむ
とぞよめる。いと大声なるべし。持て来たる物よりは、歌はいかがあらむ。この歌を、これかれあはれがれども、一人も返しせず。しつべき人もまじれれど、これをのみいたがり、物をのみ食ひて、夜更けぬ。この歌主、「まだまからず」といひて立ちぬ。
ある人の子の童なる、ひそかにいふ。「まろ、この歌の返しせむ」といふ。おどろきて、「いとをかしきことかな。よみてむやは。よみつべくは、はやいへかし」といふ。「『まからず』」とて立ちぬる人を待ちてよまむ」と求めけるを、夜ふけぬとにやありけむ、やがていにけり。「そもそもいかがよんだる」と、いぶかしがりて問ふ。この童、さすがに恥ぢていはず。強いて問へば、いへる歌、
 行く人もとまるも袖の涙川汀のみこそ濡れまさりけれ
となむよめる。かくはいふものか。うつくしければにやあらむ、いと思はずなり。「童言にてなにかはせむ。媼、翁、手捺しつべし。悪しくもあれ、いかにもあれ、たよりあればやらむ」とて、おかれぬめり。


世の中には、なんというかセンスのない人間というものはいるものである。船で旅をしている人間に対して、白波よりも大きな声で私は泣きますよ、とか下品な歌を白波を恐れる一行の前でうたってしまう人あり。しかし、こういう人に「馬鹿なの?」と言ってしまうのも、それこそ空気が読めないというものである。最近は、注意されると「言ってくれないとわからない」と言ってくる人間が散見されるが、1から10まで間違っている人間にいちいち忠告していられるかというと、人間それほど暇じゃない。こういう人間を病気だという説もあるが、わたしは懐疑的だ。他人に寄り添え、みたいな倫理は、結局、他人になるべく関わらず、自己利益だけを追求する人間を量産する。はじめ善意がある人間まで妙な人間に対してはいやになってしまうのである。

とまれ、子供は、そういう事情がわからず、――いや分かりすぎる程分かっている可能性があるが、なんと返歌までつくってしまった。どうも嫌みが感じられる歌でもある。「汀のみこそ濡れまさりけれ」とは、どういう濡れ方であろうか?人間の濡れ方ではナイ。子供じみてはいないので、爺さん婆さんの印でも押して返してやったらとも思ったのであるが、――やはり、反応がおそろしい人間には何もしないに限る。返歌はやめておいた……。

◇美人の手…………何か快活らしい曲を弾いている。
……………………時々手を止めてハンカチで涙を拭うようす……。
――そのうしろから突然にパッと光線がさす――
◇美人の手…………ハッとしてハンカチを取り落す。
●探偵の手…………懐中電燈をさしつけつつ近寄る。
◇美人の手…………わなわなと慄え出す。
●探偵の手…………ピンセットで物を抓み上げる真似をして見せる。
◇美人の手…………宝石の包みを差し出しつつ、わななき悲しむ。
●探偵の手…………包みを受け取って中味を検め、固く結び直して無造作にポケットに入れる。
……………………くら暗の中に、拇指を出して見せ、食指とくっつけ合わせて「お前と共謀だろう」と詰問する体。
◇美人の手…………烈しくわななきつつ左右に振って否定し「ピアノを弾いていた。何も知らない」と主張する。
●探偵の手…………懐中電燈をつけ、ピアノのキーの上に落ち散った涙を一ツ一ツに照し出すうち、指先が感動して微かにふるえ出す。
……………………ともったままの懐中電燈をしずかにピアノのキーの上に置き、わななく女の白い手をハンカチごと両手で強く握り締め「御安心なさい」という風に軽くたたいて慰撫する。
――その上から涙がポトポトと滴たりかかる――


――夢野久作「涙のアリバイ」


どういう話だったわすれたが、文学では、なにかセンスのおかしな人間をはじく仕組みが必要だと思うのだ。探偵小説というのは、その点、そうではないものが多く生産されたところがある。探偵小説は、上の子供のように、物質的なものに接近し、人間を閑却しつつあった。それはそれで時代の流れでもあった、――そして、人間的なものに興味がない文学好きの量産に貢献したところがある。やはり、量の増大はたいがい大した結果を生まない。