「だが私は、あなたにお別れするのが悲しくてなりません。」と、草はいいました。
「そんなに悲しまなくてもいい。俺は南に帰るときに、もう一度おまえを見るだろう。」と、太陽は答えました。
その後、草ははたして、りっぱな花を咲きました。脊も、もっと高くのびて、青木よりも高くなりました。そして、葉もたくさんにしげりました。草は、内心大いに安堵していたのであります。もう、このくらい大きくなれば、太陽にすがらなくともいい、青木が冬の間我慢をしていたように、私も我慢のできないことはないと思いました。
――小川未明「小さな草と太陽」
現在の宇宙を舞台にしたSFは、マーラーよりもホルストのおかげが大きいと思うが、つまりゲーテ的誇大妄想よりも、占星術がSF的だったということになり、――いまだに宇宙は星占い的な存在であることは確かである。「世界」ではないのだ。というわけかわからないが、いまだにマーラーの音楽をもちいたSFは見る気がしない。