コ難しいことは書かないですけれど、私が"最愛のものと共にある時"どういう感じになっているか、端的に言えることがあります。
それは、この世に私の嫌いな人間、憎い人間というものが一人も居なくなってしまう、ということです。
これは非常に重要なことで、間違えてもらっちゃ困るんですが、文字通りそういう人間が居なくなる、ということではなく、その人らに対しそう抱いていた感情、イメージといったものが消える、という意味です。
これをいつも"思いが化されて行く"と言っているんです。
それは全くもって..."終わりなき戦いに終止符が打たれる"ようなことなんです。
どうしてそうなるのか何て私の与り知れないことです。
いくらそうなろうと思っても、どうしても、ドシテモそうなった試しなど無いi
それが朝、目覚めたらそういう感じになっていたようなことなんですから...
こういうことが、いつもいつも"そうなっている"訳じゃないんですね。世の常として。
それを"常時そうなっているようにしようとする"...
"常時そんな心境になってないのに、そういうことを発してしまうのは、一寸思い上がっているから、躊躇すべきなんじゃないか"...などという思いに駆られる...
そうして又"終わりなき戦い"に入り込んでしまうんですi
そして私の、こちょこちょしたロクでもない思いを超えて、突き上げてくるように、こんな風に迫るパッションを感じてきます。
"何を躊躇している、書け、書くんだ、書いちゃえばいいんだi"
これはミッション、至上命令のよう...何だこの強制力...いいや、これは逆説的な言い方をしているんですi
そこに義務など何もありませんし、背いたらペナルティが...何てものは更々ありません。つまりは"書かざるを得ない"ということなんです。
誤解を恐れずに言えばこれは"啓示"みたいなものです。
こういうものに、私にはそれを受ける、書き表す資格がないとか、もっとマシになったらお受けしたいなどと、申し立てなど出来るでしょうか?
受けちゃったものは仕方がないだろうi
又受けたことに、余計な話を盛り立てて飾ることなど出来るでしょうか?
これは私の持ち物でも何でも無いのです。こちらで操作することも出来ないのです。故にすべて"与っている"ことなのですi
受けたことは、そのまんまを受け入れなければならないi "ならないi 命令i" これは私の故じゃない、私を超えた御方故にですi
すると、もう嬉しくて仕方なくなってくる..."お前が嬉しければ私も嬉しい"
だから...義務、責任無き至上命令、ミッションなんですi もはや主従など無い...
私に受けたものに所有権など何も与えられてませんが、それを表すことには全権を与えられているようです。
それを読んだ人がどう感じるかは与り知れませんが...
自分が始め、自分が書いてるこのブログですが、何か自分の手を離れて別の生き物が息づいている感じがいつもしているのです。
それは、この世に私の嫌いな人間、憎い人間というものが一人も居なくなってしまう、ということです。
これは非常に重要なことで、間違えてもらっちゃ困るんですが、文字通りそういう人間が居なくなる、ということではなく、その人らに対しそう抱いていた感情、イメージといったものが消える、という意味です。
これをいつも"思いが化されて行く"と言っているんです。
それは全くもって..."終わりなき戦いに終止符が打たれる"ようなことなんです。
どうしてそうなるのか何て私の与り知れないことです。
いくらそうなろうと思っても、どうしても、ドシテモそうなった試しなど無いi
それが朝、目覚めたらそういう感じになっていたようなことなんですから...
こういうことが、いつもいつも"そうなっている"訳じゃないんですね。世の常として。
それを"常時そうなっているようにしようとする"...
"常時そんな心境になってないのに、そういうことを発してしまうのは、一寸思い上がっているから、躊躇すべきなんじゃないか"...などという思いに駆られる...
そうして又"終わりなき戦い"に入り込んでしまうんですi
そして私の、こちょこちょしたロクでもない思いを超えて、突き上げてくるように、こんな風に迫るパッションを感じてきます。
"何を躊躇している、書け、書くんだ、書いちゃえばいいんだi"
これはミッション、至上命令のよう...何だこの強制力...いいや、これは逆説的な言い方をしているんですi
そこに義務など何もありませんし、背いたらペナルティが...何てものは更々ありません。つまりは"書かざるを得ない"ということなんです。
誤解を恐れずに言えばこれは"啓示"みたいなものです。
こういうものに、私にはそれを受ける、書き表す資格がないとか、もっとマシになったらお受けしたいなどと、申し立てなど出来るでしょうか?
受けちゃったものは仕方がないだろうi
又受けたことに、余計な話を盛り立てて飾ることなど出来るでしょうか?
これは私の持ち物でも何でも無いのです。こちらで操作することも出来ないのです。故にすべて"与っている"ことなのですi
受けたことは、そのまんまを受け入れなければならないi "ならないi 命令i" これは私の故じゃない、私を超えた御方故にですi
すると、もう嬉しくて仕方なくなってくる..."お前が嬉しければ私も嬉しい"
だから...義務、責任無き至上命令、ミッションなんですi もはや主従など無い...
私に受けたものに所有権など何も与えられてませんが、それを表すことには全権を与えられているようです。
それを読んだ人がどう感じるかは与り知れませんが...
自分が始め、自分が書いてるこのブログですが、何か自分の手を離れて別の生き物が息づいている感じがいつもしているのです。