若い頃から、そして「仙台年金友の会」(自称)の仲間としても親交が続いている荒川先生(仙台市立西多賀
小学校校長を経て東北福祉大学准教に就任。三年前に退職)から「教育という営みは生涯で二人の理解者が
いればよい、と思って来た私です。田村先生の論についていつも納得させられます。」とのコメントを添え
私の高校時代の恩師の投稿記事の切り抜きを送ってくれた。

(午前中、好天の下で生産部長はニンニク畑の草取りに精を出した。夕方「突然の雷雨」が襲来した)
河北新報 「持論時論」(2017.3.24)
教師と生徒 師弟関係ではなく複雑
元教員 田村剛一(78歳・岩手県山田町)
愛知県一宮市の中3男子生徒が2月上旬、商業施設から飛び降り自殺する事故が発生した。生徒のゲーム機に「遺言」として「担任に人生全てを壊された」という記述が残されていた。
学校は一時「担任によるいじめがあった」と説明したが、その後否定している。真相究明を待つしかないが、それにしても、今回の愛知県の問題は深刻だ。何せ、自殺の原因が担任教師にあるかもしれないというのだから。
教師と生徒の間に問題が発生するたびに、両者の関係が複雑、微妙になってきたなと感じる。今回の愛知の自殺問題は別にして、教師と生徒の間は、第三者が考えるような「師弟関係」で割り切れるような単純なものではない。教師にも生徒にも個性があり、人格がある。それがぶつかり合っているところが学校だといっても過言ではない。
教師になろうとする人は、誰もが「良い先生」になろうと思い、その道を選ぶ。しかし、教壇に立っているうちに、それが不可能に近いことを実感する。「いい先生だ」と言う生徒もいれば、「駄目教師」と言う生徒もいるからだ。
私も一時、困ったことがある。社会科担当ということもあり、自分の体験を授業中に話すことが多かった。「先生の話は人生勉強になるので、これからも話してください」と言う生徒が多かった。しかし中には「先生の話は聞きたくない。教科書通りにやってほしい」と言う生徒もいた。どちらの意見も生かしたいと思い苦労した。
38年の教員生活で、自分の信条にしていたことがある。それは、弱い生徒の立場に立って教育に当たること。自分のクラスからいじめを出さないこと。体罰は絶対にしないこと。
背景には、私自身小学生時代いじめに会い、辛い思いをした経験がある。高校時代には、担任から体罰を受け、一番好きだった教科が嫌いになってしまったこともあるからだ。その信念を38年間通したつもりである。
ところが、退職して間もない頃、教え子の母親から「うちの息子は、しょっちゅう先生に殴られたと言っていましたよ」と言われ、驚いた。この教え子に限らず、生徒を殴った記憶は全く無かったからだ。しかも、この生徒とはうまが合った方で、よく談笑もした。その時、手を肩に掛けたことがある。生徒はそれを体罰と受け取ったのかもしれない。
今でも交流がある教え子たちがある。会えば「先生のおかけで卒業できた」と感謝されることもあれば、「何も教えられなかったから良かったのではないか」と皮肉っぽく話されることもある。
大部分の教え子たちとは、現在、音信はない。中には「田村の顔は見たくもない」と思っている教え子もいるかもしれない。どんなにいい教師になろうと思っても、どんなに努力しても、みんなから「いい先生」と言われることはない。教師と生徒とはそんなものである。それを知ってもらいたいと思い、ペンを執った。
小学校校長を経て東北福祉大学准教に就任。三年前に退職)から「教育という営みは生涯で二人の理解者が
いればよい、と思って来た私です。田村先生の論についていつも納得させられます。」とのコメントを添え
私の高校時代の恩師の投稿記事の切り抜きを送ってくれた。

(午前中、好天の下で生産部長はニンニク畑の草取りに精を出した。夕方「突然の雷雨」が襲来した)
河北新報 「持論時論」(2017.3.24)
教師と生徒 師弟関係ではなく複雑
元教員 田村剛一(78歳・岩手県山田町)
愛知県一宮市の中3男子生徒が2月上旬、商業施設から飛び降り自殺する事故が発生した。生徒のゲーム機に「遺言」として「担任に人生全てを壊された」という記述が残されていた。
学校は一時「担任によるいじめがあった」と説明したが、その後否定している。真相究明を待つしかないが、それにしても、今回の愛知県の問題は深刻だ。何せ、自殺の原因が担任教師にあるかもしれないというのだから。
教師と生徒の間に問題が発生するたびに、両者の関係が複雑、微妙になってきたなと感じる。今回の愛知の自殺問題は別にして、教師と生徒の間は、第三者が考えるような「師弟関係」で割り切れるような単純なものではない。教師にも生徒にも個性があり、人格がある。それがぶつかり合っているところが学校だといっても過言ではない。
教師になろうとする人は、誰もが「良い先生」になろうと思い、その道を選ぶ。しかし、教壇に立っているうちに、それが不可能に近いことを実感する。「いい先生だ」と言う生徒もいれば、「駄目教師」と言う生徒もいるからだ。
私も一時、困ったことがある。社会科担当ということもあり、自分の体験を授業中に話すことが多かった。「先生の話は人生勉強になるので、これからも話してください」と言う生徒が多かった。しかし中には「先生の話は聞きたくない。教科書通りにやってほしい」と言う生徒もいた。どちらの意見も生かしたいと思い苦労した。
38年の教員生活で、自分の信条にしていたことがある。それは、弱い生徒の立場に立って教育に当たること。自分のクラスからいじめを出さないこと。体罰は絶対にしないこと。
背景には、私自身小学生時代いじめに会い、辛い思いをした経験がある。高校時代には、担任から体罰を受け、一番好きだった教科が嫌いになってしまったこともあるからだ。その信念を38年間通したつもりである。
ところが、退職して間もない頃、教え子の母親から「うちの息子は、しょっちゅう先生に殴られたと言っていましたよ」と言われ、驚いた。この教え子に限らず、生徒を殴った記憶は全く無かったからだ。しかも、この生徒とはうまが合った方で、よく談笑もした。その時、手を肩に掛けたことがある。生徒はそれを体罰と受け取ったのかもしれない。
今でも交流がある教え子たちがある。会えば「先生のおかけで卒業できた」と感謝されることもあれば、「何も教えられなかったから良かったのではないか」と皮肉っぽく話されることもある。
大部分の教え子たちとは、現在、音信はない。中には「田村の顔は見たくもない」と思っている教え子もいるかもしれない。どんなにいい教師になろうと思っても、どんなに努力しても、みんなから「いい先生」と言われることはない。教師と生徒とはそんなものである。それを知ってもらいたいと思い、ペンを執った。