吉松駅の2面4線ホームの内、3線に客待ちの列車が停留している。
吉都線の都城、肥薩線の隼人や、人吉に向かう列車が揃い踏みしているのに、ホーム
に人影は殆ど無く、乗客は数人の学生だけと淋しい。夕方6時半近くの事だ。
乗車した人吉行きはこれが最終、たった一人の乗客を乗せて定刻に出発した。
すっかり暗くなってしまい、車窓からは町の明かりすら見えない闇の中を、たった1両の
ジーゼルカーは、エンジン音も高くひた走る。
「絶景ですよ」
「そうみたいですね・・また明日、ここに引き返してきます」と明日の乗車時刻を告げると、
「それに乗務しますよ」とのこと、
「ほんとですか・・」、他に乗客の居ない気安さで、車内で運転手との会話だ。
人吉には凡そ1時間程で到着した。
10分ほど待つ間に駅弁でもと思い構内を捜して見たが、残念ながら夕食に成りそうな
ものは何も無い。「車内販売は・・・」と聞くと、「ありません」との連れない返事に落胆
しつつ、”九州横断特急・くまがわ”に乗り込む。
吉松の駅でも売店は閉まっていたので、結局余分に買ったまんじゅうで八代まで
凌ぐ事に成る。
突然車体の下の方で、ゴンゴンと何かが激しく突き当たる衝撃音が聞こえた。
と同時に列車に制動が掛り、急停車する。
「ただ今、列車は鹿と衝突しました。点検のため停車しました」とのアナウンスを残し、
運転手が慌ただしく線路に降りて行った。
大丈夫だろうか・・不安が過ったが、凡そ10分ほど停車した列車は、何事も無かった
かのように八代に向け再び動き出した。(続)
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