簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

東海道と富士山 (東海道歩き旅・相模の国)

2018-05-09 | Weblog

 街道に残る見事な松並木に感心しながら茅ヶ崎市に入ってきた。
道路脇に「牡丹餅立場跡」の案内板が立っている。
立場と言うのは、宿場と宿場の間に設けられた旅人の休憩施設のことで、飲食
できる茶店などが設けられていた。
ここでは名物の牡丹餅が売られていたと言う。



 牡丹餅と聞いては黙ってもいられず、車道の向こうや周りをキョロキョロと
見回してみるが、残念ながら今日の名物として伝える店はなさそうだ。
さらに進めばそのあたり、地名が松林と言うだけあって街道には松並木がたく
さん残されている。



 第六天神社のところに「距 日本橋十五里二町六間」と書かれた真新しい木柱
が立っていた。
この半端の距離にどういった意味があり建てられたものなのかは良く解らない。



 千の川に架かる鳥井戸橋の袂に「南湖の左富士の碑」が立っている。
広重の描く五十三次で、この辺りから見た風景には左側に富士が描かれている。
東海道で左手に富士山が見えるのは、ここと吉原付近の二ヵ所しかないそうだ。



 広重はこれまでにも「六郷の渡し」や「平塚」などで富士山を描き込んでいる。
五十三次全体では55点の絵の中に、富士山は7点ほど描かれていると言う。
武蔵から相模、伊豆、駿河と至る道のりでは、当時はいたるところから望むことが
出来たのではないかと思うと、些か少ないようにも感じられる。



 ここまでにも、権太坂や大坂などの峠では富士を望むことが出来たと言う。
重い足取りで辿り着いた旅人を、その秀麗な姿で迎えてくれたことだろう。
道中で見る富士の山は、人々の疲れをいやす特効薬であったと思えてくる。(続)



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