家財道具をたたき売り、僅かばかりの道具は隣近所に譲り、酒屋と米屋の借金を
踏み倒し『なにひとつ、取のこしたるものもなく、』神田の八丁堀の借家をたたみ、
東海道の膝栗毛へと繰り出した、のうらくものの弥次郎兵へとその居候の北八はと
言うと・・・。
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前泊が戸塚で、二泊目は小田原泊りのようである。
八丁堀からここまではおよそ21里、当時の旅人は一日10里を目途に歩いたと言われ
ているから、ほぼ平均的、まずまず順調な出だしと言えよう。
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それもそのはず、彼らは街道歩きの途中で、翳めて来たであろう有名な名所
旧跡神社仏閣などにはとんと興味を示さず、立ち寄った形跡はどこにもない。
川崎のお大師さんも、藤沢の遊行寺も江の島も、大磯の鴫立沢にもまるで興味
を示さない。
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しかし事食べることに関してはどん欲なまでの関りを見せている。
六郷の渡しを越え「万年屋」では、床の間の掛け軸の鯉の滝登りを『鮒がそうめん
をくふのかとおもった』などと言いながら、奈良茶飯をさらさらとすする。
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神奈川宿では客を引く店先の娘を茶化しながら、アジを肴に酒を飲みつつ一休み。
『北八みさつし、此さかなはちと、ござった(腐った)目もとだ、』と弥次郎兵へ。
『ござったと見ゆる目もとのさかなはさてはむすめがやきくさったか』と北八が切
り返す。
『味(うま)そふに見ゆるむすめに油断すなきやつが焼いたるあぢのわるさに』
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そして小田原のういろうである。
『ういろうを餅かとうまくだまされてこは薬じやと苦いかほする』
(『』内は日本古典文学全集49 東海道中膝栗毛 昭和50年12月 小学館)(続)
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