「伊勢両宮常夜燈」の残る四つ辻から、更に旧道を西に進むと突き
当りの行き止まりで、その先で緑の濃い「安永第一公園」に入り込む。
小さな公園であるが、「東海道五十三次 町屋橋跡」の案内板が立つ、
街道筋にあっては歴史的に意義のある場所である。
植栽の茂る公園の先はフェンスで仕切られ、その下を員弁川(町屋
川)が流れている。
ここは、東海道桑名宿の入口に当たる安永立場の置かれた地であると
同時に、員弁川の川運の船着き場としても栄えた場所である。
街道を行き交う旅人や水夫達の休憩場所として、お茶と安永餅で持て
なしていた。
公園の手前の左側、大木が茂る緑の中に、「すし清」という店がひっ
そりと建っている。
街道筋の茶店として安政3(1856)年に創業した歴史有る名店で、160年
以上にも渡る今でも川の畔で料理旅館として営業を続けている。
先ほどの料理旅館「玉喜亭」も藤の花の名所と言うが、ここも玄関前
には樹齢260年の「フジの木」があり、毎年ゴールデンウィーク頃には
満開となり、藤祭りも行われる。
丁度この時期が「焼きハマグリ」の旬だそうで、「はまぐり懐石」や
「松花堂弁当」等で焼き、蒸し、揚げたりしたものが味わえるらしい。
当時の立場は休憩する場所で、原則宿泊は許されていなかったから、
これらの店は茶店として料理や名物を提供していたのであろう。
嘗ての街道筋には旅籠や料理屋があれほど犇めいていたのに、今では
悉く潰れてしまい、こうして残されているのは極めて珍しいことである。(続)
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