教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

ホーム 山内康一ブログ 『 蟷螂の斧 』 政治の動きと分析

2018年08月19日 12時38分35秒 | 国際・政治

家産制国家化する日本

フランシス・フクヤマ氏の新刊「政治の衰退」から再びです。最初に用語の定義から入りると、「家産制国家」とは「領土や人民などがすべて君主の私有物となされる国家。封建時代の国家、ことに領主国家がこれにあたる」と定義されます。

フクヤマ氏は次のように述べます。

 親族や友人を頼りにすることは人間の社会性の規定値(デフォルト)の状態であり、強力な誘因が働いて、その状態に逆らった行動を促されなければ、家産制は必ずかたちを変えて戻ってくる。

太 古の昔から人間社会では、親族や友人を頼ってきました。それが当然であり、自然です。家産制国家というのは、人類の歴史の早い段階からの自然状態に近いの だと思います。逆に、近代国家における「法の支配」や「民主主義」といった制度は、権力の抑制や協調といった人間の不断の努力が必要であり、かなり不自然 な状態ともいえます。

情 実に左右されない近代的国家制度によって規定値にまったく逆らった行動を強要されている私たちが、いつか誘惑に負けて家産制に戻るリスクはなくならない。 どんな社会のエリート層も、政治システムを利用する特権を用いて自分はもちろん、親族や友人の地位を確保しようとする。政治システムのなかにある他の組織 的な力が働かなければ、そうした行動を防不のは難しい。そのようなエリート層の行動は、自由民主主義の発達した国でも起こり得るのだ。家産制国家に回帰す るプロセスは、現在も続いていると言っていいだろう。

ま さに安倍政権の「お友だち優遇政治」や「忖度政治」のことを指しているように思えてなりません。昭恵夫人や加計理事長のような家族や友人を優遇し、国の補 助金選定や国有地の売却で不透明な手続きが行われました。日本は「安倍王朝」という名の家産制国家になりつつあるのかもしれません。政治の衰退であり、民 主主義の後退といえます。フクヤマ氏のいう「他の組織的な力」とは、国会による監視、自律的な官僚制、司法制度による抑制だと思いますが、それが今の日本 では十分に機能していません。

さらにフクヤマ氏は次のように述べます。

日 本には強く自律的な官僚制度の伝統があり、官職を腐敗によって分配する慣行はない。しかしながらこの数十年間、いわゆる金権政治において、予算というかた ちを借りた利益のバラまきが横行してきた。自民党はいろいろな補助金を巧みにバラまいて、政権を維持してきたのだ。2011年に東北地方で起きた大地震と 電子力発電所事故後に日本を襲った危機的状況を見れば、電力会社のような利益集団が、規制当局や監督機関を掌握しているという事実は明らかである。

フクヤマ氏は日本の状況をよく把握しています。この本の原書が出たのが2014年なので、フクヤマ氏は第二次安倍政権以降のことは知らない段階で、この記述をしています。今だったらどんなことを書くのか興味深いです。

フ クヤマ氏はかつて「歴史の終わり」を書きましたが、「再び家産制国家へ」といった表現を使うところも見ても、すっかり宗旨替えしたようです。歴史は終わっ ていません。進歩したり、後退したり。リベラルな民主主義が世界中で後退するなか「歴史は終わらなかった」ことは明らかです。

こ の本のタイトル「政治の衰退」は日本でも顕著です。もういちど踏ん張って歴史の流れを逆転させ、「政治の衰退」に歯止めをかけ、「政治の発展」へのシフト しなくてはいけません。石破さんが頑張って自民党総裁選に勝利して日本国の首相になっても、自民党政治が続く限り、「政治の衰退」は止まりません。安倍政 治だけではなく、自民党政治を終わらせることを目標にしなくてはなりません。「政治の衰退」のトレンドを逆転させるのは、われわれ立憲民主党しかいませ ん。

*参考:フランシス・フクヤマ 2018年 『政治の衰退(上)』 講談社

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ホーム 山内康一ブログ 『 蟷螂の斧 』 平和と外交 終戦の日

2018年08月19日 12時29分48秒 | 国際・政治

終戦の日

昨日は平成最後の「終戦の日」でした。初めて福岡県主催の戦没者追悼式に出席しました。これまで東京で行われる全国戦没者追悼式には何度も出席したことがありますが、地元の福岡で出席するのは初めての経験でした。

ま ずどの受付に行ってよいかわからず、うろうろしていたら「康一君、こっちこっち」と呼びかけられました。福岡県遺族会の事務局に父の古い知り合いがいて、 その方が挙動不審な私を見つけて受付に連れて行ってくださいました。父とは50年近く前からの知り合いだそうです。故郷はよいものです。助かりました。

東 京の武道館と福岡の武道館では雰囲気がちがいますが、福岡の方が狭いぶんだけ距離感が近いです。地元の高校生が献花のお手伝いをしていたりと、手作り感が ありました。東京の武道館は物々しい警備体制と水も漏らさぬロジでかなり緊張感がありますが、福岡の武道館はアットホームなかんじです。

福岡の戦没者追悼式はとてもよい式だったと思います。しかし、全国戦没者追悼式の安倍総理の式辞にはガッカリしました。安倍総理は日本の加害責任についてまったく言及しない点ではブレません。

広島・長崎などの被害の歴史を忘れないことも大切ですが、同じくらい加害の歴史も忘れるべきではありません。侵略戦争を引き起こした責任を為政者として忘れるべきではありません。

自国の歴史の暗部から目を背けるのは簡単です。あえて自国の歴史の暗部にも目を向け、不都合な事実であっても受け入れる勇気と謙虚さが必要だと思います。被害を受けた方は忘れませんが、加害の側は忘れっぽいのが常です。加害の歴史こそ忘れないための努力が欠かせません。

安倍総理は戦争から何も学んでいないのではないかと心配になります。これから先ずっと戦没者を出さなくてすむように、侵略戦争を深く反省し、平和のために近隣国との関係改善に向けて努力したいと思います。

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HOME天木直人のブログ国民必見の「悪魔の兵器はこうして誕生した」という...

2018年08月19日 12時02分48秒 | 国際・政治

国民必見の「悪魔の兵器はこうして誕生した」という番組

2018-08-19

  きのう18日の午後1時からNHKBS1で始まったNHKスペシャル「悪魔の兵器はこうして誕生した~原爆 科学者たちの心の闇」という2時間番組をたまたま目にした私は、思わず引き込まれて最後まで息つく暇もなく一気に見終えてしまった。

 そして本当に驚いた。

 知っていたつもりの米国の原爆開発とそれを日本に投下した背景を、ここまでわかりやすく、詳しく、かつ資料に裏付けられて正確に教えてくれるものを私は知らない。

 いや、私一人ではないはずだ。

 日本国民の誰もここまで知らないに違いない。

 私が見たのは再放送で、8月12日の午後10時にすでに放映されていたものらしいが、これまで反応がない事におどろかされる。

 ひょっとして自主規制や忖度が働いているのではないかと疑いたくなるほどだ。

 しかし再放送されるところを見るとそうではなく、単に私がそうであったように、見落としている人たちが多かったのだろう。

 たまたま再放送を目にした私のつとめは、鐘や太鼓をたたいて大声でこの番組を宣伝することだと思う。

 この番組は、掛け値なしに日本国民必見の番組だ。

 いや、翻訳されて世界中の国民が見なければいけない番組だ。

 この番組を見て、それでも核兵器を擁護するようなら、人間の資格はない。

 この番組を見て、それでも米国の核の傘を信じる日本国民は、安倍首相とその従属者くらいだ。

 いや、安倍首相やその従属者たちですら、日米同盟を最優先する自らを恥じるだろう。

 おりから核兵器廃止条約が国連総会で採択された。

 いまこそ日本は核廃絶の先頭に立つべきだ。

 日本が本気で核廃絶を訴えれば、誰もそれを拒否できないだろう。

 米国に対して最も強い立場に立てるのは日本だ。

 その事を見事に教えてくれる番組である。

 被爆体験と憲法9条を持つ日本は、いまこそ世界平和の実現の為に、国をあげて立ち上がる時だ。

 それを主導する新党憲法9条がこの国の政治にどうしても必要なのだ。

 安倍・菅コンビが暴政の限りを尽くして恥じないこのタイミングで、このような番組をつくって放映したNHKは、まだ捨てたものではない

(了)

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8月18日(土)のつぶやき

2018年08月19日 05時27分01秒 | 受験・学校・学問
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