水道水のPFAS汚染の健康への影響が懸念されている(写真:イメージマート)
河川や地下水から発がん性物質のPFAS(ピーファス)が全国各地で検出されている問題は、さらに深刻な事態へ進んでいる。私たちが日々、口にしている「水道水」からPFASが検出され始めたのだ。
「水道水を 飲まないで!」
岡山県吉備中央町に住む阿部順子さん(43)の自宅には、水道に3台の浄水器が備わる。
「水道水のPFAS汚染がわかってから、新たに2つ浄水器を取り付けました。PFASを除去する活性炭付きの浄水器です。もともとあった浄水器も、活性炭のフィルターに取り替えました。汚染の発覚直後は、何も信じられませんでしたから……」(順子さん)
2023年10月、吉備中央町にある円城浄水場から、国の暫定目標値の28倍となる「1リットルあたり1400ナノグラム(ng/L)」もの化学物質・PFASが検出されていたことが明らかになった。直後、給水対象地域では、町内放送でこうアナウンスされた。
「水道水を飲まないでください!」
PFASとは1万種類以上ある有機フッ素化合物の総称だ。体内や自然界で分解されずに蓄積されるため、「永遠の化学物質」と呼ばれる。世界保健機関(WHO)の専門組織・国際がん研究機関(IARC)が発がん性リスクを警告するなど、健康への影響が指摘されてきた物質である。
そのPFASが昨今、全国各地の河川や地下水などから検出されている。深刻なのは、一般市民が直接口にする水道水やその取水源となる地点から検出される事例が出ていることだ。
吉備中央町の円城浄水場は町内522世帯、約1000人に水道水を供給していた。さらに、浄水場の取水源だった河平ダムからも高濃度のPFASが検出された。現地では、同ダムの最上流部付近の資材置き場に15年ほど前から置かれていた「フレコンバッグ」の中身から高濃度のPFASが検出され、水道水汚染の原因とみられている。すでにフレコンバッグは撤去され、同町は河平ダムからの取水を停止。円城浄水場の取水源を別のダムに切り替えた。
11年間飲み続けた
2023年11月、吉備中央町の住民27人を対象に血液検査が行なわれた。その結果、27人全員が、米国の学術機関が定めるPFAS血中濃度の基準値「1ミリリットルあたり20ナノグラム(ng/mL)」を大きく上回った。
冒頭の阿部順子さんのPFAS血中濃度は138.9ng/mL。夫・直樹さん(47)は206.9ng/mL、13歳の息子も109.5ng/mLという結果が出た。
順子さんは2011年に息子を出産後、一家で東京から吉備中央町に移住した。以来、3人は水道水を飲み続けてきた。
「血液検査ではPFASの数値以外は正常でしたが、これだけの数値だと健康への影響が出ないとは限らないと思います。お医者さんはPFASの健康への影響はわからないとおっしゃるけれど、私は移住してから流産が3回続き、なんでだろうと不思議に思っていた。息子は幼少期から水道水を飲んでいたので長期的な影響も心配です」(順子さん)
「円城浄水場PFAS問題有志の会」代表を務める小倉博司さん(71)は、定年退職を機に、岡山市内から生まれ故郷・吉備中央町に帰ってきた。
「ここに戻って、水道水を飲み始めて11年。PFASの血中濃度は259ng/mLでした。こんな数字が出るとは思いませんでしたね。私は長年勤めていた会社で人間ドックと、定年後も町の健康診断を毎年受けていて、いたって健康だったんです。それが、4〜5年前からコレステロール値が正常値の範囲をはみ出し、高くなってきた。もしかしたら、PFASと関連があるんじゃないかと」
PFASによる健康への影響が国内で認められた事例はないが、海外では裁判で認定された事例もある。東京都でPFAS相談外来を実施する健生会グループ・立川相互ふれあいクリニックの青木克明医師が指摘する。
「PFASによる健康への影響は、傍証にはなっても断定はできない状況です。しかし、私たちの健生会グループの受診者64人のうち55%が脂質異常症に該当していて、PFASによる影響の可能性は否定できません。海外では脂質異常症との関連に加え、腎臓がんや精巣がんとの関連が指摘されており、私たちは最も懸念しています」
PFAS研究の第一人者で、京都大学大学院医学研究科の原田浩二准教授(環境衛生学)はこう指摘する。
「海外では胎児や乳児の発育の低下、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎との関連性も指摘されており、国内で検出された地域の健康影響については今後の調査が待たれます」
「米国に匹敵する厳格な基準を」
本誌「週刊ポスト」2024年11月1日号では、各都道府県などが実施した河川や地下水などの水質調査で、国の暫定目標値「50 ng/L」を上回るPFASが検出された全国285地点を一覧化して報じた。原田准教授は、今後もさらなる調査が必要だと指摘する。
「各都道府県などの調査では、水道水の元となっていない水域を対象としているケースも散見されます。本来は水道水と関連する水源地を含めて調査すべきです」
国は各都道府県や水道事業者などに対し、水道水のPFAS濃度の検査を9月末までに報告するよう要請した。結果は現在、環境省が集計中だ。
そこで本誌が47都道府県に対して国に報告した調査結果の開示を求めると、一部の自治体は国の公表に先んじて数値を回答した。その回答や公表資料などをもとに、直近で水道水からPFASが検出された地点を一覧化した。
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本誌では検出地域のうち、「5ng/L」を超過した地点のみ表記した。原田准教授が指摘する。
「現在、技術的に検出できるPFASの下限値が『5ng/L』以上であり、『5ng/L未満』は『不検出』と記載している自治体もあります。私はその表記は適切ではなく、『5ng/L未満のため数値不明』とすべきだと考えます」
一覧表に掲載しなかった「5ng/L未満」の地点は200以上に及んだ。
国の暫定目標値を大きく上回ったのは、大阪府大阪市の232ng/Lと、兵庫県明石市の91 ng/L。ほかにも東京都や岐阜県、秋田県などで10 ng/Lを超過する地点があった。
青木医師が指摘する。
「私は全国の各自治体が5ng/L未満を目指すべきだと考えます。米国ではPFASの一種であるPFOSとPFOAそれぞれの値を『4ng/L』とする基準を設けており、日本もそれに匹敵する厳格な基準とすべきだと思います」
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活性炭付き浄水器
国が定める暫定目標値は現在、PFOSとPFOAの合計で「50 ng/L」だが、規制の厳格化に向けた動きもある。
現在の「暫定目標値」の位置付けは、発覚した自治体に対応を義務づけるものではないが、水道事業者などの対応を義務づける「水質基準」への格上げが、環境省で議論されていると朝日新聞が1面で報じた(10月22日付朝刊)。原田准教授はこう警鐘を鳴らす。
「PFASが水道水から検出される地域は、フッ素樹脂を扱う工場や基地周辺、産業廃棄物処分場の下流などが考えられ、今後も散発的に発覚する地域があるのではないかと考えています。一般市民ができる対策としては、PFASを吸収する活性炭付きの浄水器を取り付け、適切な頻度でカートリッジを交換すること。そのうえで、国は暫定目標値から水質基準への格上げや、現在の50 ng/Lよりも厳しい数値基準に見直すことも検討すべきでしょう」
“新たな公害”とも呼ばれるPFAS。国の対応を待つだけでなく、自らの対策も重要となる。
取材/上田千春、佐藤篤司、末並俊司、田村菜津季、橋本安彦 文/池田道大 撮影/太田真三
※週刊ポスト2024年11月8・15日号