本日はビル・エヴァンスが1977年に吹きこんだ「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」をご紹介します。長年の酒と麻薬摂取の影響による肝硬変でエヴァンスが亡くなる(享年51)のが3年後の1980年ですから、最晩年の作品にあたりますね。一般的なジャズファンにとってエヴァンスの作品で馴染み深いのは「ワルツ・フォー・デビー」をはじめとした60年代前半のリヴァーサイドの傑作群、次いで60年代中盤から後半にかけてのヴァーヴの諸作品で、70年代以降はあまりメジャーとは言えません。かく言う私もケニー・バレルの参加したファンタジー盤「クインテッセンス」と歌手トニー・ベネットとのデュオ・アルバムを所有しているぐらいで、晩年のエヴァンスはスルー状態でした。ただ、本作は死期の迫ったエヴァンスが枯淡の境地に達した傑作として、一部の評論家からは彼の最高傑作とも評されています。個人的な感想を言うと、やはり「ワルツ・フォー・デビー」や「ポートレイト・イン・ジャズ」の方がメロディも親しみやすく、昔から愛聴しているだけあって思い入れも深いですね。それに比べると本作はエヴァンス特有のリリシズムが極限まで研ぎ澄まされ、何かアルバム全体にピンと張りつめたような緊張感が漂っているんですよね。なので正直最初は取っつきにくい。でも、繰り返し聴くうちにその虚飾を排したクールな美の世界に徐々に引き込まれていきます。
メンバーはベースが1966年の「ア・シンプル・マター・オヴ・コンヴィクション」以来コンビを組むエディ・ゴメス、ドラムはこの年からトリオに加わったエリオット・ジグムンドです。ボーナストラック3曲含め全10曲。アルバムは静謐な美しさをたたえたエヴァンスの自作曲“B Minor Waltz”で幕を明け、続いてタイトル曲でもあるミシェル・ルグラン作“You Must Believe In Spring”へ。ゴメスの1分以上続く力強いベースソロの後に続くエヴァンスのアドリブが素晴らしいの一言。奔放なアドリブを繰り広げながらまるであらかじめ譜面に書かれたようなメロディアスなフレーズが次々と出てくる様は圧巻です。続くゲイリー・マクファーランド作“Gary's Theme”やジミー・ロウルズ作“The Peacocks”、そして映画「M★A★S★H」のテーマ曲“Suicide Is Painless”等は他人の書いた曲ですが、エヴァンスが演奏するとまるで彼の曲であるかのように完全にエヴァンス色に塗り替えられています。他も亡くなった兄ハリーに捧げられたと言うリリカルな自作曲“We Will Meet Again”や美しいバラード“Sometime Ago”など名曲揃い。これまで挙げた7曲がオリジナルLPに収録されていた曲ですが、CDにはおまけでスタンダード曲の“Without A Song”“All Of You”、エヴァンスも参加していたマイルスの「カインド・オヴ・ブルー」の収録曲“Freddie Freeloader”が追加されています。これがまたボツになったのが不思議なくらいの出来で、特に“All Of You”はまるで原曲をとどめないぐらいメロディを崩しながら、グルービーなトリオ作品に生まれ変わっています。生涯を通じてピアノトリオ作品を発表し続けたエヴァンスですが、マンネリに陥るどころか人生の最終盤でこのクオリティの作品を生み出したのは凄いとしか言いようがありませんね。今後は他の70年代の作品も聴いてみたいと思います。